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第30回日本慢性期医療学会 招待講演2『コミュニケーションについて』レポート

京都精華大学人間環境デザインプログラム教授 ウスビ サコ先生

2022年11月17~18日、国立京都国際会館にて、第30回日本慢性期医療学会が開催され“コミュニケーション・ファースト”をテーマとした講演やシンポジウムが行われました。京都精華大学人間環境デザインプログラム教授で、コミュニティ論/建築計画を専門にするウスビ サコ先生による招待講演『コミュニケーションについて』 では、医療以外の分野から、日本のコミュニケーション文化の特徴や医療現場でのコミュニケーション課題についてお話がありました。講演ダイジェストをレポートします。


“多様性を認める”とは何か――グローバル化が進む世界の課題

私はマリ共和国出身で、日本に31年間在住し、2002年に日本国籍を取得済みです。京都精華大学にてデザイン学部人間環境デザインプログラムの教員を務めており、建築計画やコミュニティ論を専門としています。

さて近年、“グローバル化”の概念が世界的に重要視されるようになってきました。世界保健機関(WHO)によると、グローバリゼーションとは“人々と国の相互接続性と相互依存性の向上”と定義されています。つまり、地球規模で人や商品、サービス、金融、情報などの移動や交換スピードが速くなっており、物事の価値が一国の判断で決められなくなってきているということです。

 

なお、混同されやすいのですが“国際化”と“グローバル化”は異なる概念です。国際化は20世紀に起こった現象で、各国が相互に結びついて相互作用を強めることです。これに対してグローバル化は21世紀に起こった現象で、個人や特定の集団が国の概念を超えて存在することです。

 

グローバル化においてもっとも重要なのが多様性(個人間に違いが存在するのを認識すること)です。多様性を認めることは違いを認めることだとよくいわれますが、それではマイノリティの優遇にとどまってしまいます。多様性を認めるうえで大事なことは、マジョリティであるかマイノリティであるか、認めるか認めないかといった話を超えて、そもそも“当たり前”の基準が自分と相手とでは違うという意識を持つことではないでしょうか。私たちは一人ひとりに異なる特徴があるのに、それを抑えて周りに合わせなければならない状況に問題があると感じています。

また、多様性のなかでは、多文化主義(複数の文化が社会で受け入れられ促進されること)も非常に重要な要素です。とくに医療現場では、相手を日本人、マリ人、中国人などと国籍によってパッケージ化してまとめるのではなく、皆“人間”として見ていくべきだと考えています。


“空気を読む”を重視する日本人のコミュニケーション

日本に留学してきたとき、日本人のコミュニケーションの取り方は興味深いと感じました。たとえば相手の年齢で接し方を変えたり、血液型など特定のフレームの中に収めて相手を判断したりといった特徴があるのです。私の場合は、見た目で「日本語を話せない」と判断されて、英語で話しかけられたこともありました。“外国人”という1つのフレームに当てはめられていたのです。ただ、このようなコミュニケーションの特徴は日本人だけに限ったことではありません。“外国人”と一括りにして接する習慣は、どの国でも起こり得ることです。

 

コミュニケーション問題を世界的に研究した文化人類学者のエドワード・ホール氏によると、コミュニケーションの取り方は2種類に分けられます。1つは“ハイコンテクスト”といい、文脈や暗黙知を重視して、互いに相手の意図を察しながらコミュニケーションを取る文化です。もう1つは“ローコンテクスト”といい、言葉の意味に沿って論理性を重視したコミュニケーションを取る文化です。日本のコミュニケーションは前者の“ハイコンテクスト”に該当し、“空気”を読んで、物事を批判的に捉えず、人に合わせることでトラブルを避けようとするコミュニケーション文化が浸透しています。しかし、“空気”を読みすぎる文化のためにコミュニケーションが難しくなっている場面も多いのではないでしょうか。


“いのち”の捉え方異なる相手とのコミュニケーションが課題に

グローバル化が進むなかで、これからは外国から多くの留学生や労働者、高度人材などが日本に流れ込んでくることが予想されます。日本は高齢化が進み人口も減少していくと考えられますが、世界人口は増えているためです。こうしたなかで、日本の医療現場にも外国人が流れ込んでくるでしょうから、多様性を重んじる医療コミュニケーションの重要性は増してきます。日本の医療は充実していますが、今後は患者さんとのコミュニケーションにおいて宗教や教育、法律などさまざまな面で課題に直面することもあるでしょう。たとえば、それぞれ異なる文化を持つマリ共和国と日本とでは、“いのち”という概念の捉え方が異なります。“いのち”に対する考え方が違えば、その患者さんを治療する意味や目的も変わってくることが考えられます。そういった中で、患者さんとのコミュニケーションの重要性についてあらためて考える必要があると思っています。

 

在留外国人の人数が増えるなかで、もっとも大きな問題になるのが医療といわれています。日本では諸外国と異なり英語でコミュニケーションできる病院があるか、健康保険は使えるか、自分の処方された薬をどう解釈するかといった問題を、受診する側が自分で調べて病院に行かなければなりません。諸外国との細かな文化の違いは、これからの日本の医療現場における課題です。


自分自身の“軸”に基づくコミュニケーションを

グローバル化に伴って、1つの文化や社会のなかで過ごすモデルは揺らぎつつあり、自国の常識だけで生活することが難しくなっています。そのようななか、他者とコミュニケーションを取るうえで重要なのがアイデンティティー、すなわち“軸”です。

人とコミュニケーションを取るうえで重要なのは、対話を通して自己認識を深めることと、自分の言葉をもつことです。自分のアイデンティティーを持っている人は、他者と問題なくコミュニケーションを取ることができます。しかし近年、このアイデンティティーに自信がない人が増えているように感じます。自分のアイデンティティーに自信がなくなると、異なる価値観をなかなか認められず、コミュニケーションが難しくなってしまうのです。

失われた自信をどう取り戻すかは、教育の現場でも重要な課題です。私は学生たちに「自分の当たり前がほかの人にとっての当たり前ではない」と伝えることにより、「自分とは何者なのか」「他者と自分はどう共存すればよいのか」を考えてもらいたい。そのきっかけを作るために、学生をマリ共和国に連れていき、現地の人と文化交流させるなど、外に目を向けてもらう機会を作っています。


新時代を生きるために自らの変化を恐れないで

ここまで述べてきたとおり、グローバル化が進む今日の社会では、お互いの価値観を認め、多様性を重んじることが重要です。“私の当たり前があなたの当たり前ではない”ことを理解するのは難しくはありませんが、自ら進んで意識しておく必要があると感じています。自分自身もグローバルな人間の1人であることを忘れてはいけません。

 

私はよく学生たちに、「自分の変化を恐れるな」と伝えています。社会は日々移り変わる答えのない世界だからこそ、「問い」を立てる力が大切です。分からないことがあったとき、“空気”を読んで分かるふりをする必要はなく、質問をすればよいのです。

“空気”を読む文化はあってよいものですし、否定するつもりは一切ありません。ただ、“空気”を読みすぎることで自分たちを不自由にする必要は、どこにもないと思っています。グローバルな時代をよりよく生きるためにも、問いは非常に重要なコミュニケーション手段の1つで、コミュニケーションの始まりでもあるのです。

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