• facebook
  • facebook

砺波で育まれてきた歴史や感情、風景からなる「ものがたりの街」――人の死を生活に戻すために

医療法人社団 ナラティブホーム 理事長 佐藤 伸彦先生

病院でも自宅でもない、最期を過ごす第三の場所「ナラティブホーム」。賃貸住宅に医療・介護サービスが介入する形で運営されており、必要なときに必要なケアを受けながら思い思いに自由な過ごし方ができます。2020年秋、より開放的で地域と一体化した「ものがたりの街」がオープンしました。今回は、医療法人社団 ナラティブホーム(富山県砺波市)で理事長を務める佐藤 伸彦(さとう のぶひこ)先生に、ものがたりの街をオープンした思いやその特徴について伺いました。


地域に開かれた「ものがたりの街」

ナラティブホームは「人の死を生活の中に戻し、本人が望む最期を実現させたい」という思いで2010年に開設しました。それから約10年の中で、いくつかの課題もみえてきました。

まず、自由度は高いものの空間としては病院とさほど変わらず、個室病棟のように閉鎖的だったことです。また、亡くなる1〜2か月前に入居される方が多かったため、その方がどのような人生を送ってきたのか、知るよしもないままお看取りしなければなりませんでした。どうにかしてこの状態を変えたいと思っていたのです。

 

そのために必要だと考えたのは、ナラティブホームを誰もがもっと気軽に利用できる開放的な場所にすることです。ただ最期を過ごすためだけではなく、健康な時から日常的に利用する中で「最期はここで暮らすのもいいな」と思ってもらえれば。そこで2020年秋、そんな地域づくりの場となる“ものがたりの街”をオープンしました。

 

ものがたりの街には、訪問看護や訪問介護、診療所(ものがたり診療所)が併設した賃貸集合住宅「ものがたりの郷」や薬局があるほか、料理教室やアロマテラピーなど誰でも好きなお店を開いてよい「日めくりショップ棟」、ナラティブホームのスタッフが運営するカフェがある「ものがたり倶楽部ハウス棟」があります。そして地域の方と作る畑「ものがたり菜園」を作りました。

 

写真:ものがたりの街


ものがたりの街は“感情共同体”

砺波ならではの“畑”という社会インフラ

地域づくりや街づくりといった活動は各所で行われていますが、そもそも“地域”や“街”には大きく2つの考え方があると思っています。1つは単なる一定の範囲のこと。もう1つは、感情的なものを共有できる範囲のことです。私が作りたかったのは後者です。

 

どの地域にも「私はこの場所で生きているんだ」と思わせてくれるような、その地域ならではの歴史や文化、風習があるでしょう。ここ砺波であれば、神社やお寺、畑などが挙げられます。また、たとえば町内会で行う川の清掃。これも地域を形づくる一部です。面倒だ、面倒だと言いながらも住民がやってきたことがあるからこそ、そこが地域として成立するのだと考えています。映画監督の宮崎 駿氏が「本当に大事なことは、面倒くさい」と言っていますが、本当にそのとおりだと思います。そうして作られた地域や街、いわば“感情共同体”でこそ人の死はみるべきだと思っていたのです。

 

加えて、人が集まる場所にするためには、そこが社会インフラのような役割を持つ必要があると考えました。「砺波の人たちが営み大切にしてきた社会インフラは何だろう」と考え、選んだのが畑でした。

 

畑にはスタッフ一人ひとりの畝(うね)があり、地域の人と一緒に野菜や果物、ハーブ栽培を楽しんでいます。ある時には、私の畝に近所の方がいつの間にか野菜の苗を植えてくれていたり、草むしりまでしてくれていたりすることも。そんなふうに、ものがたりの街が住民たちの手によって作り上げられていると感じます。

 

生姜植込み後の集合写真

 

生姜収穫の様子(佐藤先生)

 

感情の中にある風景を壊さない――古くからある蔵の活用

ものがたりの街を作るにあたり、地域の風景を壊さないことも大切にしました。外観は周辺の家に馴染むようにデザインしています。特にこだわったのが、建設地にずっと昔からあった2つの蔵を壊さずに、リノベーションして再利用していることです。蔵を見ながら育ってきた地域の方々にとって、蔵は単なる風景ではなく感情の一部になっていると思ったからです。

ある建築家いわく、物が風景になるには最低でも30年かかるそうです。もしまったく新しい街を作るとなると、30年後にようやく地域に馴染むことになります。2つの蔵には、ものがたりの街を地域に馴染ませ、住民の気持ちをつないでいる役割があるのです。

 

リノベーションした蔵の1つは薬局に貸し出しています。もう1つは現在、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種会場として使用していますが、近々図書館にする予定です。今、私の手元には地域の方々から預かっている本が3,000冊ほどあります。図書館を作りたいと言ったところ、何人かが協力者として手を挙げてくれました。みんなで少しずつ整理して図書館を作れば、これも貴重な社会インフラとなるでしょう。

 

見るに見かねて作戦

住民が参加できる街にするために、住民とのフラットな関係性を意識しています。私たちが上から目線で手を差し伸べるのでは、いつまでたっても身近な存在には感じてもらえません。私たちにできないことは、地域の方にいつも助けていただいています。今年の冬は地元の方々が雪かきをやってくれましたし、あるおじいちゃんは、ものがたりの街の前に融雪装置を作るよう副市長に直談判までしてくれたのです。こんなふうに「何とかしてあげないと大変」という状態を作ることを、私は“見るに見かねて作戦”と呼んでいます。フラットな関係性の中で、地域の方が自発的に行動できる環境でこそ、感情共同体は作られるのではないかと考えています。


人の集まりを定着させるために

ものがたりの街に集まった人々を定着させるためには、さらなる工夫が必要です。そのために、飼い犬を自由に放して遊ばせられるドッグランを作るなどしました。敷地内には幼稚園児の散歩道もあります。また、つい先日、その場所にブルーベリーの木を植えたので、実がなれば子どもたちに自由に採ってもらえたらと思っています。

最近は、ものがたりの街に集まってきた人々が自主的に作った「ものがたり園芸クラブ」ができました。今後も集まった方を核としたクラブ活動を通して、人が定着する仕組みづくりができるよう計画しています。

 

ブルーベリー植込み後の集合写真

記事一覧へ戻る

あなたにおすすめの記事

詳しくはこちら!慢性期医療とは?
日本慢性期医療協会について
日本慢性期医療協会
日本介護医療院協会
メディカルノート×慢性期.com