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楽しい職場にするためには“成長”がカギ――慢性期医療におけるスタッフ教育の重要性

医療法人社団 永生会特別顧問 杉山 陽一先生

日本は世界トップの高齢社会であり、医療・介護支援を求める人も年々増加傾向にあります。そのなかで課題とされるのが、医療を担う人材の不足です。特に医療者の離職率の高さが問題として取り上げられており、看護職員にいたっては2021年度時点で16.8%*という高い数字が報告されています。

一方で、永生会特別顧問 杉山 陽一(すぎやま よういち)先生の担当する回復期リハビリテーション病棟は、毎年ほぼ同じ顔触れだといいます。そこで今回は、離職率の削減につながった取り組みや、杉山先生が開設されたコメディカル向け無料教育サイト“FUNMED”への思いについてお話を伺いました。

 

*日本看護協会「2022年 病院看護実態調査結果」(既卒看護職員の離職率。看護職員は、看護師・保健師・助産師・準看護師を指す)


スタッフ教育に注力しようと思ったきっかけ

「分からない」ばかりの研修医時代

 

私は今でこそ医師として病棟を担当していますが、もともと成績は優秀ではありませんでした。研修医時代は“史上最低の研修医”と呼ばれていたほどで、行く先々で「これも知らないの?」と言われていたことを覚えています。分からないこと・知らないことは簡単な内容であるほど精神的なダメージが大きく、積み重なれば気持ちの余裕もなくなっていきます。自分自身の勉強が足りていなかったことも原因だと思っていますが、分からない部分が教科書に載っていないということも多く、「ちょっとしたコツを学べる環境があればよいのにな」と思ったことが全てのはじまりです。

 

医療を楽に学んで楽しい職場へ――病棟で5分間勉強会をスタート

写真:PIXTA

 

医師になり現場での経験が蓄積されてきた頃、「職場の中で何か私が伝えられるコツはないだろうか」と思い、病棟で勉強会を始めました。1から10まで自力で学ぶのもよいですが、少しのノウハウだけ知ることができれば、次のステージへ楽に進めます。余裕がないとミスが発生しやすく、そのミスを指摘されたり、あるいは怒られたりする日が続けば誰しも「仕事に行きたくない」という気持ちになるはずです。その“1人で学ぶ大変さ”を取り除いてあげることで楽しい職場になればよいなという、ごく自然な発想でこの勉強会はスタートしました。

忙しくしているスタッフの方々も無理なく参加できるよう、勉強会で使う資料はA4用紙1枚、時間は5分間のみです。内容については今さら聞きづらいと思うような基本的な知識や実際の症例を検討するものなどをピックアップしていました。


慢性期医療にこそ教育体制の整備が必要だと気付いた

勉強会を始めて少ししたころ、1人の看護師さんに「離職がゼロなのは今年も先生の病棟だけですよ」と言われました。私が担当していた病棟以外は、頻繁に離職が発生していたそうです。確かに言われてみれば私の病棟は毎年同じ顔触れで、そのような状態が2~3年続きました。これには何か意味があるのかもしれないと思い、看護師さんに尋ねてみると「先生と一緒に働いていると学びがある。勉強会で基本的なことまで立ち返ってもらえるし、聞きづらい雰囲気もない」と言うのです。その言葉を受けて、教育機会の少なさが慢性期医療で当たり前になっているとあらためて気付かされました。

慢性期医療では、急性期医療のように新しい薬や新しい治療法が導入されることはほとんどありません。そうするとスタッフ教育の優先度が下がり、結果学べる環境、すなわち成長の機会が少なくなります。学びをやめてしまうと、成長が遅れたり止まったりするばかりか、スキルが落ちてしまうこともあるかもしれません。

5分間勉強会は当時私が勤めていた病院以外でも実施したことがありますが、どこへ行っても「こんなの初めて」「学びがある」という声が聞こえてきます。そして、勉強会を行っている期間は、同じく離職がゼロなのです。そのような状態が10年ほど続いたとき、やはり教育インフラを整えることには大きな意義があると確信しました。


教育で大切なのはスタッフ自らの気付きを促すこと

写真:PIXTA

 

教育とはいえ、私がスタッフ全員を主導し「ほら、このとおりでしょう」ということはしません。あくまで気付きを促すような接し方を心がけています。慢性期病棟では、大抵1人の医師と数十人のスタッフが働いています。仮に60名いる病棟で医師が無理やり2倍3倍頑張ったとしても、仕事の総量はせいぜい63程度にしかならないでしょう。対して、60名のスタッフそれぞれが1割の成長をすれば仕事の総量は66になり、2割なら70を超えます。どちらがよりよい組織になるか、答えは明らかです。

勉強会では患者さんの体調の変化に対し、どのような病気が考えられるのか、何を確認したらよいのかなど、可能性を絞るためのプロセスについて学べるようにしています。すると、勉強会で学んだスタッフたちは臨床の場でもただ「患者さんが発熱しました」ではなく、「発熱していますが、○○と○○の可能性は高くないと思います。どうしたらよいですか?」「こう思ったのでこの対応をしました」というように、自分なりに考えたうえで報告をしてくれるのです。

医療の主役は医師という考えに陥りやすいですが、そうではなく主役は一人ひとりのスタッフだと思っています。それを実感してもらうことで主体性が生まれ、チーム力が上がり、最終的には患者さんへよりよい医療を提供できる“強い組織”ができ上がります。


研修医時代に求めた臨床のコツを世の中へ――“FUNMED”を開設

もともと私がいる職場のみで行っていた5分間勉強会ですが、その意義を確信したとき、「世の中に発信してみたらニーズがあるかもしれない」と考えました。そうして開設したのが、FUNMEDというコメディカル向け無料教育サイトです。勉強会を始めたきっかけである「医学を楽に学んで、楽しい職場になれば」という思いからサイトの名前はFUN(楽しい)+MED(医学)でFUNMEDにしました。

アクセスは特に深夜が多く、当直中や夜勤中の隙間時間に使っていただいているのかもしれません。もともとは職場にいる数十人のスタッフ限定だった内容がサイトを通してどこかの誰かの役に立っているのはうれしいですし、やはり教育環境を整備することは社会的に意味のあることなのだなとあらためて感じています。


不安は覚悟に変えるのが成長のコツ――得ることの面白さを知ってほしい

医療の現場に立つうえで大なり小なり不安を感じることは誰でもあり、おかしなことではありません。ただ、せっかく自らが選んだ職場で毎日不安な気持ちを抱えて過ごすのは少しもったいないかもしれません。与えてもらうことを期待するとどうしても不安な気持ちが大きくなったり、理想と現実との差に悩んだりしがちです。スタッフは組織の中の1人ではありますが、私は自分主体で考えてもよいと思っています。

「今ある環境の中で自分は何を得られるか」――不安を“得る覚悟”に置き換えて考えるのが1つの“コツ”ではないかと思います。私もこれまで畑違いの仕事をたくさんしてきましたし、不安もありました。しかし、不安を覚悟に変えながら続けてきたなかで得たものは大きかったと感じています。得たものを生かして次へ、さらにまたその次へと1つずつ階段を上っていくと、次々に新しい景色が現れます。ぜひ少し発想を変えて“自ら得ること”の面白さを知っていただければと思います。

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