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日本における医療情報へのアクセス改善、AI活用の可能性とは?

キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 松山幸弘先生

今、世界では医療情報、すなわち個人の医療に関する患者情報(個人識別情報)の利活用が積極的に進められています。しかし、日本では法的制限などにより医療情報がうまく活用されていない現状があり、先進国の中でも遅れをとっている現状です。医療情報のアクセス改善およびAI活用の可能性について、松山 幸弘(まつやま ゆきひろ)先生(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹、豪州マッコーリー大学オーストラリア医療イノベーション研究所 名誉教授)にお話を伺いました。


日本における“医療情報へのアクセス”は改善されるか?

デジタルヘルスの社会実装が加速する国々の専門家に対して「日本は全国どこでも均一な医療を受けることができ、アクセスしやすい環境です」と自慢すると、「?」という反応が返ってきます。彼らから見える日本の医療は、家庭医を決めることなく、医療チームが情報共有することもない、結果として患者さんをハシゴ受診に追い込んでいる時代遅れの制度なのでしょう。

 

OECD(経済開発協力機構)は2015年に公表したレポートの中で、医療情報のガバナンスと活用において日本がOECD加盟国中最下位であるとランク付けしました。

また、デジタルヘルスの推進を目的にWHOと約30の国々によって設立されたGDHP(The Global Digital Health Partnership)が2020年7月に発表したレポート「Citizen Access To Health Data(医療情報への市民のアクセス)」によれば、“個人の診療録(カルテ)に電子的アクセスがどの程度できるか?”という評価項目において、日本は4段階中下から2番目に分類されています。評価対象となった22か国は、以下の4段階に分類されています。

 

(1)広く全ての国民が利用可能

(2)大部分の国民が利用可能

(3)ごく一部の国民のみが利用可能

(4)まったく利用できない

 

分類1はオーストラリア、オーストリア、エストニア、ポルトガル、スウェーデン、英国、米国の7か国、分類2はカナダ、香港、イタリア、オランダ、シンガポールの5か国です。日本はアルゼンチン、ブラジル、インド、インドネシア、ポーランド、韓国、スイス、ウルグアイと共に3に分類されており、4はサウジアラビアのみとなりました。日本は自治体が保管する予防接種と乳幼児健康診査の記録、保険者が保管する特定健診の結果があることから、分類4に転落するのを免れたようです。

 

画像:PIXTA

 

各分類の差を時間で表現すると約10年となりますので、日本はデジタルヘルスの分野で英国や米国に20年も遅れているということになります。

このような状況は、2019年に東京で開催された医療イノベーション円卓会議の席で、国際機関勤務から帰国した厚生労働省の幹部が「日本の医療改革は、キャッチフレーズは正しいが20年間何も実現していないと海外で言われている」と吐露したことと符合するのです。


医療分野におけるAI活用は進むか?

医療分野において、AI活用も政策上の大きな課題になっています。日本でも厚生労働省が“保健医療分野AI開発加速コンソーシアム”を設置のうえ議論し、2019年11月に重点6領域を決定しました。その内容は、1)ゲノム医療、2)画像診断支援、3)診断・治療支援(問診や一般的検査など)、4)医薬品開発、5)介護・認知症、6)手術支援の6つです。しかしここには、国全体で医療の質向上と医療費節約を達成することにつながるテーマ、すなわち“AIによる疾病予測”が含まれていません。

 

他国の動きはどうでしょうか。米国バージニア州ノーフォークに本部を置くIntegrated Healthcare Network(IHN:統合ヘルスケアネットワーク)のセンタラ(2020年収入見込み1.2兆円)は、2020年にAIによる疾病予測を社会実装し、注目されています。センタラによれば、地域住民のおよそ10%が年間医療費の70%ほどを使っており、医療費が高い患者さんの約半分は前年も医療費が高く、残りの半分は今年急に医療費が高額になった患者さんだといいます。このことから、1年以内に医療費が急に大きくなる患者をAIで予測して重篤化を防ぐことで、保険加入者全体の健康向上と医療費節約を同時達成できる、というのです。これは、すなわち“患者が来るのを待つ医療”から“患者を指名する医療”に変革することを意味します。その結果、特に慢性病患者の疾病管理が進化すると予想されているのです。

このシステムの重要なポイントは、実際に医療費節約が達成された際、保険集団ごとに推計した節約額を、協力した独立開業医と保険料負担者(団体医療保険の契約者である雇用主)にボーナスとして支払うことです。このような仕組みが成立するのも、センタラがカイザーと同様、保険部門と医療提供部門が連結した非営利のセーフティネット事業体だからです。

 

そのほか、英国とオーストラリアもAIによる疾病予測を国家戦略のテーマにあげています。日本はというと、レセプト(診療報酬明細書)の全国データベースを構築したものの重篤化との因果関係のビッグデータがありません。よって、このままでは医療制度変革のインフラとなるようなAI疾病予測ツールを開発することはできないと考えられます。

 

日本においては、医療機関単位でAIの活用に取り組んでいる事例があります。しかしながら単独の病院では世界基準になり得ませんから、やはり日本全体を考えるならば国公立病院や大学附属病院が地域単位で経営統合し、プラットフォームの役割を果たす仕組みを構築することが必要となるでしょう。

*松山幸弘先生による「コロナ禍と医療イノベーションの国際比較」についてはこちらをご覧ください。

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