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新型コロナによる病院・医療現場への影響――今私たちに何ができるか

平成医療福祉グループ 理事長 武久洋三先生

世界各地で猛威を振るう新型コロナウイルス。国内では感染者数が一時減少したことから、2020年5月25日に緊急事態宣言が全面的に解除されました。しかしその影響と余波は大きく、全国の病院で外来・入院患者数の減少がみられ、病院経営は厳しい局面にあるとされています。新型コロナの影響により、今、医療の現場では何が起こっているのでしょうか。全国に26の病院を持つ平成医療福祉グループ 代表、日本慢性期医療*協会 会長の武久 洋三(たけひさ ようぞう)先生にお話を伺いました。

 

*慢性期医療:状態が不安定な“急性期治療”を完了した、あるいは在宅療養中に状態が悪化した患者さんに対し、継続的な治療とリハビリテーションを行うことで在宅復帰を目指すもの


新型コロナの影響により、病院に何が起こっているのか

通常、病院は地域の中でそれぞれの特色を生かして機能分化しています。新型コロナウイルス感染症の疑いがある場合、本来は感染症対策が十分に行われ、新型コロナにも対応できる公的な急性期病院などでその人を診ることが理想的です。しかし、現実にはそうはいきません。つまり、発熱などの症状がある人はまず自宅近くの医療機関を受診しますから、地域の診療所や慢性期病院は医療者としての使命を果たすべく、そのような患者さんを受け入れているということです。

しかし、診療所や慢性期病院はそもそも感染症の専門病院ではありません。そのため防備・対策が十分に行き届いていない可能性があり、ほかの病気などで外来受診・入院している患者さんや働くスタッフへの感染リスクが上がる、という問題が生じます。特に慢性期病院には体力の低下した高齢の患者さんが多く入院しているため、何としても院内感染を回避しなければなりません。実際、ある診療所で高齢の医師が新型コロナウイルス感染症にかかり亡くなってしまった例もあると聞いています。

 

国内のこれまでの統計では、80歳以上の死亡率は20%ほどと高いだけでなく、若い方でも重症化したり命に関わったりする可能性があります。ワクチンや治療薬が開発されて新型コロナウイルス感染症による死亡率が低くなれば、従来のインフルエンザとそれほど変わらない状況になると考えられますが、そうでない限りは罹患しないよう感染防止対策を徹底しなければなりません。

 

このような状況のなかで医療機関ができることとしては、新型コロナウイルス感染症疑いの患者さんを院内ではなく別の場所で診察し、抗原検査などで疑いが強まった場合にはすぐに専門病院を紹介する、また、玄関や通用口で体温測定や消毒をしっかりと行うなどの対策を徹底することです。平成医療福祉グループでも、26ある施設で上記の対策を徹底して行い、感染防止対策に努めています。


慢性期病院としての使命

新型コロナウイルス感染症に関して、われわれ慢性期病院は患者さんが元の生活に戻るまでの回復を支える“アフター治療”を担う使命があります。感染症の場合にはリハビリテーションの早期介入が難しく、急性期治療で1か月も入院すれば廃用症候群に陥る可能性があります。高齢の方ならさらにその影響は大きいでしょう。感染症が治ったのに寝たきりになってしまったら意味がありません。

地域医療の一端を担う慢性期病院として、新型コロナウイルス感染症の急性期は専門の公的病院にお任せし、その代わりに治療後の患者さんが元の生活に戻れるよう全力を尽くすというスタンスが必要です。


病院への経済的インパクト

 

そもそも新型コロナ以前でも、全国の病院のうち7割以上の病院が赤字(民間病院は5割ほど、自治体病院は9割ほどが赤字)といわれていました。さらに新型コロナの影響により減収しているとすれば、今後、赤字の病院はそれ以上に増えるでしょう。実際、急性期病院では確実に外来・入院患者さんが減少していると聞きます。

新型コロナの前、2018年には全国に8,300ほどの病院(診療所を除く)がありました。しかし今後、新型コロナによる経済的ダメージによって閉院を余儀なくされる病院が発生することで、2020年の暮れには8,000を下回るまで減少すると予想しています。病院を存続するためには融資を受ける必要がありますが、このような先の見えない情勢では融資が受けにくいことも容易に想像できます。今、全国の病院は非常に厳しい状況にあるといえるでしょう。

 

平成医療福祉グループでも、新型コロナの影響により各病院で減収が見られています。一方で、感染症への防備・対策に必要なリソースの確保にも当然ながら費用がかかりますが、これは地域医療の一端を担う病院としては必須のことと捉えています。


新型コロナによる影響と対策――平成医療福祉グループでは

感染対策物資の確保

2020年1月の時点で新型コロナウイルス感染症が日本を含むアジア広域で流行する可能性を予感し、早めに対策をとらなければと思いました。というのも、日本慢性期医療協会としてクルーズ船から上陸する患者さんの一部診療に携わっていたからです。そこで、グループ全体で感染対策のマスクや防護服などの物資を補充し、新型コロナウイルス感染症疑いの患者さんに対応する診察室を用意するなどの対策を講じました。それでも感染拡大の一方で供給が滞っている間に物資は減っていき、感染対策にはいつも以上に注意を払う必要がありますから、現場には常に緊張感が漂っていました。

 

手術件数の減少、オンライン診療の実施

手術件数は、確実に減っています。当グループには慢性期病院が多く、整形外科などの予定された手術が中心で、緊急性の高い手術はそれほど多くありません。患者さんは新型コロナを恐れて病院の受診や治療を我慢している可能性があります。実際、「外来には行きたくないので薬だけ処方してほしい」という患者さんの要望が増えているようです。当グループでも電話などによる薬剤処方に対応し、さらに一部の病院でオンライン診療を導入しています。

ここでお伝えしたいのは、緊急性の高くない手術であっても決して不要ではないということ。新型コロナへの感染を恐れて自己判断で病院の受診を控えることで、病気が進行したり、適切な治療のタイミングを逃してしまったりする可能性があります。そのため、病気の治療中や気になる症状がある場合には放置せず、かかりつけ医にご相談ください。

 

院内感染対策

患者さんが高齢で体力が低下している場合、肺炎に罹患したりそれによって亡くなったりすることも多いため、もともとグループ全体で呼吸器感染症を含む院内感染対策には力を入れていました。さらに現在、新型コロナの院内感染対策として、新型コロナウイルス感染症疑いの患者さんを院内ではなく別の場所で診察し、抗原検査などで疑いが強まった場合にはすぐに専門病院を紹介すること、また、玄関や通用口で体温測定や消毒をしっかりと行うなどの対策を徹底することに努めています。

 

職員へのケア、オンライン会議の活用

当グループには全国に多くの職員が在籍しています。職員へのケアとしては、少しでも体調が悪いときには無理せず休暇をとるよう伝えていました。少しでも感染症の疑いがあるときには、まず職員の体調回復に努め、院内感染のリスクを回避することが重要と考えています。

全国に病院があるため、以前よりオンライン会議を活用していました。新型コロナによってその有用性は増しています。病院で実際に患者さんと接する業務はオンライン化が難しいですが、職員内の会議や情報共有などは積極的にオンライン化していく必要があるでしょう。


これからの医療はどのように変化するのか

医療・介護行為には、ICT化(情報通信技術)しにくいものとしやすいものがあります。たとえば患者さんの体を拭いたり注射を打ったり、リハビリを行うといった行為はhand to hand、つまり近くにいて触れることが必要であり、ICT化が難しいものです。一方、体温・血圧の測定や呼吸状態の確認など、患者さんの状態を記録し集約することはデバイスの活用によってICT化が可能です。たとえば、オンライン上の電子カルテにデータを記録し、その情報をリモートで受け取って管理できます。そして従来その作業にかかっていた手間や時間をhand to handの治療・ケアに回すことができるという点は非常に有益です。

 

写真:Pixta

 

新型コロナの影響により、これまでの価値観や社会構造が大きく変わるでしょう。産業の変革、地価の変動なども容易に想像できます。日本そのものが変化すると言っても過言ではありません。すると当然ながら私たち医療者も社会の変化を読み、先手を打たなければならない。その方法の1つが、オンライン診療の導入や、ICT化なのです。

一方で、それぞれの病院が役割を認識し、可能性がある限り一生懸命治療するという姿勢は必須です。「高齢だから」「新型コロナだから」というのは治療を諦める理由にはなりません。病院は看取りの場ではないのですから。このような考え方は新型コロナ前も、今も、そしてこれからも変わりないものです。


地域内の連携体制を整え、それぞれが役割を果たすことも重要

ICT化と同時に、地域内で医療機関とかかりつけ医が連携をとることも重要です。たとえば患者さんの電子カルテの情報を地域の病院とかかりつけ医で共有し、基本的にはかかりつけ医が患者さんを診ますが、何かあればすぐに地域の病院が対応するというような連携体制です。そのようなときこそ、慢性期病院の出番です。状態が急変した患者さんを素早く受け入れ、できるだけ早く治療して元の生活に戻す、その役割を担うのは私たち慢性期病院の使命ですから。


日本慢性期医療協会 会長としての思い

近く会長を退き後任の方にお任せしようと考えていましたが、新型コロナの影響もあり、会長を続投させていただくことになりました。2022年までの2年間は、引き継ぎのための重要な期間と捉えています。後任となる方を育てながら、よりよい慢性期医療を継続できるよう尽力します。

私が会長に就任した2008年当時、当会の名称は“日本療養病床協会”でした。会長になってすぐに“日本慢性期医療協会”に改称し、それから12年が経過しました。慢性期医療という言葉は社会的にも認知されるようになり、その重要性についても理解が深まってきたように思います。良質な慢性期医療がなければ日本の医療は成り立たない。ですから私は全国の慢性期病院と共に、よりよい医療を提供するべく前進し続けます。

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