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摂食嚥下障害の最近の傾向と、支援における課題

富家病院 金沢 英哲先生

少子高齢化の影響を受け、高齢者の摂食嚥下障害(せっしょくえんげしょうがい)や誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)**が増加しています。摂食嚥下障害の検査や治療に関する情報は近年充実してきているものの、医療者が情報を正しく使いこなせていないことが、現在の医療現場では課題の1つになっているのです。

摂食嚥下障害の患者さんを支援するうえで、医療者はこれから何を意識する必要があるのでしょうか。摂食嚥下障害の現状と現在の医療現場で求められていることについて、富家病院の金沢 英哲(かなざわ ひであき)先生にお話を伺いました。

 

摂食嚥下障害:食べたり飲み込んだりすることにおける障害。

**誤嚥性肺炎:唾液や食べ物などが気管に入ることで起こる肺炎または肺臓炎。


摂食嚥下障害の最近の傾向

超高齢社会と少子化の影響を受けて、摂食嚥下障害や誤嚥性肺炎は高齢の患者さんに多いという現状があります。高齢の方では、嚥下機能に直接影響を及ぼすような延髄の脳梗塞(のうこうそく)が原因になることもあれば、転倒による骨折などで入院した結果、摂食嚥下障害になってしまうケースもあるのです。

また、脳梗塞のような病気や骨折のようなけがだけでなく、何らかの病気で急性期病院に入院した際に、嚥下困難と判断されて口から食べることを禁止されている例もありました。唐突に「老衰なのでこのまま看取りましょう」と諭されたり、胃瘻(いろう)を作ってすぐに転院するよう言われたりする方も多く、本人や家族が納得できないまま、不安を抱えて相談に来られるケースもあります。

胃瘻を作らず、点滴や経鼻胃管で栄養を取りながら転院される患者さんも少なくありません。中には、苦痛を感じ経鼻胃管を抜いてしまう患者さんもいます。経鼻胃管を抜いてしまうような患者さんは、一般的に医療事故防止の観点からミトンという手袋のようなものを装着されて、身体抑制をされてしまうのです。

自由に動くことを制限された患者さんは混乱したり暴れたりして、せん妄と呼ばれる状態を起こすことがあります。このような患者さんには鎮静剤が使用され、さらなる悪循環につながってしまうケースもあります。口から食べられないことで衰弱し、鎮静剤を使うことで運動量が低下して、慢性期医療の現場に来る前までに精神的にも荒廃してしまっている患者さんが後を絶ちません。

 

経鼻胃管:鼻から胃へ通した管のこと。


摂食嚥下支援の現状と課題

教育プログラムはあるものの十分に普及していない

摂食嚥下障害は、患者さんによって原因や病態がさまざまです。摂食嚥下障害診療の専門家だけでは多様な患者さんに対応しきれないことから、標準的な診断や治療の手順、方法について多職種の医療者間で共有することが求められています。

摂食や嚥下に関しては、各学会や団体が充実した教育プログラムを作っています。看護システムにおける摂食嚥下支援のスキルを学ぶプログラムや、嚥下に関する検査の手順、嚥下機能の評価項目など、情報量自体は近年でだいぶ充実してきました。

このように情報量が充実している一方で、現場にはそういった情報が普及していないようにも感じています。食べられない状態の患者さんが食べられるようになるには、膨大な人手と能力、時間が必要です。しかし、臨床の現場は人手不足で忙しく、摂食嚥下支援に十分な時間をかけられていないのが現状です。

イメージ:PIXTA

 

「食べられない」と早合点するケースも

摂食嚥下に関する情報や教育ツールは充実しつつあるのに、使いこなせている医療者は非常に少ないと感じています。嚥下機能を簡易的に評価できるツールも開発されていますが、ツールの使い方を誤解している医療者もいるのではないでしょうか。評価ツールの本来の目的は、検査結果をもとに状況を改善するためのアプローチ方法を考え実践することです。

しかし、現状は忙しさゆえに、患者さんが口から食べられるか食べられないかを早合点して決めてしまっているケースも多いように思います。一度「食べられない」と判断された患者さんは、食べられない状態のまま急性期病院から慢性期病院に転院となることが多く、改善の必要があると考えています。


摂食嚥下支援において医療現場で求められること

より専門性の高い医療チームへの相談も大切

摂食嚥下支援に関する情報を医療者が使いこなせるようになるには、まず自分たちができる範囲で救える患者さんにしっかりと向き合い、成功体験を積むことが大切です。個人やチーム内で解決できない患者さんの場合でも、自分たちの中で完結させず諦めないでほしいと思っています。より専門性の高い医療者や医療チームに相談したり、セカンドオピニオンの選択肢を自ら患者さんに提示したりすることも大切になるでしょう。

当院では、転院前の病院でずっと経鼻胃管から栄養を取っていた患者さんに対して、鼻のチューブを抜いて口から食べてもらう試みを積極的に実践しています。病棟の看護師をはじめ、スタッフが患者さんの能力を信頼して前向きに頑張ろうとしてくれていて、当院ではいかなる理由があっても身体抑制を行わずに治療を続けているのです。

ミトンのような物理的な身体抑制や鎮静剤による身体抑制を行わないことで、患者さんが短期間で目の色が変わり人間らしさを取り戻していくのを見てきました。転院してきた当日に鼻のチューブを外して口から食事を取っているのを見て、家族の方にも驚きや喜びを感じてもらえることが多くあります。

イメージ:PIXTA

 

手術を行うことで食べられるようになる例も

時には手術を行うことで、口から食事ができるようになるケースもあります。1番多いケースは、気管切開が行われていて喉に唾液が絡んでしまっている場合です。気管切開が行われている患者さんは、適切な大きさやタイプの気管カニューレを選択し直すだけで、喉への刺激が減って唾液の絡みが減り、呼吸が楽になったり会話ができるようになったりするケースも少なくありません。また、重症例の場合は嚥下機能改善手術や誤嚥防止手術を施すことで、患者さんや家族が安心して口から食べることに取り組めるようになるケースもあります。

 

気管カニューレ:頸(けい)部気管孔から気道を確保するために用いられる直径10mm前後の管。

 

人手不足を解消するための取り組み

当院も例に漏れず、人手不足は大きな課題です。もし重度の摂食嚥下障害を抱えた患者さんが全国から次々と集まってきた場合、全ての患者さんにはとても対応できないでしょう。現在は、今いる患者さん一人ひとりを大切に診察していく段階だと考えています。

また、人手不足の課題に対して、当院では海外からの人材も積極的に採用しています。マンパワー不足は、海外人材である程度は補えているといえるでしょう。さらに、可能な部分はロボットを活用して機械化する取り組みも推進されています。

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