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慢性期病院の努力を適切に評価するしくみを――“慢性期DPC”の可能性

日本病院団体協議会 議長/東邦大学 名誉教授 小山 信彌先生

急性期入院医療に対する診療報酬の包括支払い制度として、2003年に誕生した「DPC(診断群分類別包括評価)制度」。そして近年、慢性期入院医療にも類似の制度を導入すべきとの意見があります。ここには、患者さんのため治療に尽くし、質の高い医療提供に向けて努力している慢性期病院を適切に評価しようとする背景があります。長年にわたって厚生労働省の診療報酬調査専門組織(DPC評価分科会)の分科会長も務めた、日本病院団体協議会 議長、小山 信彌(こやま のぶや)先生(東邦大学 名誉教授)に、慢性期入院医療におけるDPC制度の導入意義についてお話を伺います。


「質」の重視が進む、慢性期医療

日本では、団塊の世代が後期高齢者となる2025年が目前に迫り、医療逼迫(いりょうひっぱく)の深刻化が危惧されています。一方で国からは、病院・病床数を増やさない方針が示されています。このような流れを受けて、自宅や施設で療養中の患者さんの状態が悪化した際、低栄養や褥瘡(じょくそう)、誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)といった症状への対応は慢性期病棟が対応すべきとする「慢性期救急」という概念が提唱されるなど、慢性期病院にも緊急時の検査や処置といった急性期機能が求められるようになってきています。

 

こうした動きの中、患者さんをただ入院させているだけでなく、十分な治療や重症者の受け入れを積極的に行う慢性期病院が以前に比べて増えてきた印象があります。一方で慢性期医療の評価は難しく、その努力が適切に反映されにくいという現実もあります。

たとえば、慢性期入院医療を担う「療養病棟」の入院基本料は、医療区分*とADL区分**に基づいて決まりますが、その算定方法が合理的ではないという意見があります。医療区分1にも実は重症者が多く含まれているにもかかわらず、その医療提供が十分に評価されていないなどの理由です。

 

*医療区分:入院患者の疾患や状態、必要な医療処置によって1〜3に区分される。定義上、区分2・3には重症例が多く含まれ、区分1は医療区分2・3に該当しないものと定義されている。

**ADL区分:生活における必要支援の度合いで1〜3に区分される。数字が大きいほどより支援を要する状態。


医療の透明化をもたらしたDPC制度―― 見えてきた“標準的治療”

そこで日本慢性期医療協会は、急性期入院医療に用いられている「DPC制度」に準じた、慢性期入院医療の評価体制(仮称:慢性期DPC)の構築を訴えています。

 

DPC制度とは、病名や手術、処置の組み合わせに応じた「診断群分類」によって、1日あたりの診療報酬点数が決まる包括支払い制度です。1日あたりの診療報酬の中に、入院基本料、検査・投薬・注射費用などが含まれます(包括評価部分*)。一方、手術やリハビリテーション、一部の高額な処置は1つ1つ別に算定されます(出来高評価部分)。

 

*包括評価部分は、1日あたりの点数×入院日数×医療機関ごとに設定された係数(医療機関別係数)で算出される

 

 

DPC制度は2003年に急性期入院医療を対象として誕生しました。DPC制度で診断名はコードによって全国統一され、DPC対象病院は診療データの提出が義務付けられました。診療データはDPCデータとして公開され、誰でも閲覧することができます。こうして各病院の診療内容が全て「見える化」されたことには、非常に大きな意味があったと感じています。公開されたデータを見れば、疾患ごとの平均在院日数、診療内容、費用が分かるので、それと比較しながら自分たちの病院は適正な診療ができているのかを考えられるようになったのです。

 

イメージ:PIXTA

 

DPC制度が始まる以前は、たとえば同じ病気でも、病院によって入院期間に大きな差がありましたが、現在ではほぼ同じ期間に集約されてきています。つまり、医療の透明性が確保され、いわゆる標準的治療”がみえてきたのです。これはDPC制度の最大のメリットでしょう。

 

また診断群分類ごとの診療報酬点数や医療機関ごとの係数は、全国のDPC対象病院から集まった診療実績データに基づき、より現実に沿ってアップデートされていきます。つまり患者さんにとって適した医療を提供していれば、それが自ずと報酬として評価される仕組みなのです。


慢性期医療の努力も正しく評価されるべし

DPC制度がもたらした医療の透明性確保とそれに基づいた適正な評価を、今多くの慢性期病院が望んでいます。そうなれば、患者さんを第一に考え、懸命に努力してきた病院や医療者が報われることにつながります。厚生労働省もそれを望んでいるのです。今後はますます、本当の意味で医療を行っている施設しか生き残れない時代が来るでしょう。患者さんにきちんと医療を提供した病院が、それに応じた正しい評価を受けることは、急性期・慢性期にかかわらず本来あるべき理想的な形です。

 

慢性期病院の取り組みがきちんと評価されるようになれば、重症管理や緊急対応を担おうとする慢性期病院、医療従事者はより増加していくと考えます。たとえば、「急性期治療は終了したが人工呼吸器はまだ外せない」といった患者さんを進んで引き受けくれる慢性期病院が増えれば、急性期病院は本来の仕事により集中することができます。慢性期病院が2次救急*の手前、いわば”1.5次救急”くらいまでを担えれば、急性憎悪時におけるスムーズな転棟や病院間におけるシームレスな連携にもつながると期待しています。

 

*2次救急:手術や入院が必要な症状の重い救急患者を対応すること。

 

イメージ:PIXTA


慢性期医療における「多様性」の評価が課題に

ただし慢性期医療に、そのまま急性期医療と同じDPC制度を適用するというわけにはいきません。その大きな理由は、慢性期病院における入院期間の長さです。慢性期病院では入院期間が1〜2か月と長期に及ぶため、その間に別の疾患を発症することが往々にして起こり、治療内容も複雑化する傾向にあります。そのため、急性期医療のDPC制度と同じように、疾患名を1つしか選ぶことができない制度では無理があります。

 

そういう意味では、慢性期医療でDPC制度のようなシステムが構築されるとしても、「DPC」ではなく、別の名称がよいかもしれません。主となる疾患よりも併存疾患のほうに高額な費用がかかる可能性も高いため、副傷病名の付け方で点数をカバーできれば、ある程度の形は出来上がってくるのではないでしょうか。

 

また慢性期病院では、急性期病院に比べて亡くなる方の数が圧倒的に多いです。医療者の労力や費用面で大きな負担がかかる終末期や死亡時の対応についても、適切に評価されることを望みます。さらに患者の急変時における緊急対応、在宅復帰に向けたケアを係数で上乗せするなど、多様性のある慢性期医療の特徴を加味した、きめ細やかな制度設計が求められます。

 

以前は主に急性期病棟を対象としていた診療データの提出が、慢性期医療を担う療養病棟にも義務化されるようになりました。集積されたデータに基づき議論を重ね、系統化していけば慢性期DPC”はとても有望な診療報酬制度になるでしょう。

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