イノベーション 2021.12.27
慢性期医療の魅力とは――今後の医療を担う若手医師に伝えたいこと
平成医療福祉グループ 代表 武久敬洋先生
かつての「日本療養病床協会」が「日本慢性期医療協会」へと名称変更した2008年から13年余り。高齢化の進行と人口構造の変容により慢性期医療*の需要と重要性が高まる一方で、医学・看護教育ではいまだに急性期医療のことが中心であるという課題があります。しかしながら医療者の中には慢性期医療の大切さを実感しその道へ進む者も徐々に増えており、今後の活躍が期待されます。全国に26の病院(合計4,000床ほど)と複数の介護施設、看護・介護の専門学校を展開する平成医療福祉グループの代表の武久 敬洋(たけひさ たかひろ)先生に、慢性期医療の魅力や若手医師へのメッセージを伺いました。
*本記事における「慢性期医療」は「回復期医療」を含みます。
慢性期医療を構成する大切な3つの要素
慢性期医療には3つの大きな要素が含まれていると思います。それはすなわち▽総合診療▽チーム医療▽地域医療――です。
総合診療――さまざまな病気の併存に対応
慢性期病院(回復期含む)に入院している患者さんには高齢の方が多く、さまざまな病気が併存していることがあります。それは複数の診療科領域にわたり、たとえば皮膚科領域では皮膚の乾燥や湿疹、接触皮膚炎(かぶれ)、褥瘡(じょくそう)などがあり、整形外科領域では膝・腰の痛みなどがあります。排尿障害や尿もれ、尿閉などは泌尿器科・脳神経外科の領域に関わりますし、認知症や不眠、不穏(落ち着かない様子)などは精神科的な領域です。
そういった複数の問題を抱える患者さんに対応せねばならない慢性期医療の現場は、まさに「総合診療」の要素が大きいでしょう。対応する医療者としては一見難しいことのように感じるかもしれませんが、実はそれぞれの問題というのは各診療科の基本的な知識を備え、目の前の状態改善に果敢に取り組む気概があれば、案外そこまで難しいものではありません。勇気を持って専門の枠を飛び越えれば、多くの場合は対応できるはずです。さまざまな病気を抱える患者さんを診ることは、慢性期医療の難しさでもありやりがいでもあると思います。
チーム医療――病院の質に直結する多職種の力と連携
多職種が協働する「チーム医療」であるという点も、慢性期医療とは切り離せない大切な要素です。たとえば典型的な患者さんの症例を元に、チーム医療をどのように実践するのかをご説明します。有料老人ホームに入所中の85歳の女性がいます。徐々に活気がなくなり、食欲も低下してきている状態です。歩行はつかまり歩きで安定していません。その方がある日、誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)で入院してきたとします。
写真:PIXTA
昔の病院(適切な対応ができないケース)は「抗菌薬による治療をして終わり」です。しかし、これでは不必要な安静による廃用症候群(不活動や寝たきりによって生じる障害の総称)や、絶食による低栄養が起こります。さらに廃用症候群と低栄養に伴い、嚥下機能(えんげきのう)の低下、認知症の進行、排泄機能の低下に陥るでしょう。ひどい場合は、排泄機能の低下により尿道カテーテル(バルーン)の導入やオムツへの切り替えをされることさえあります。こうなると自立した生活はかなわず、自宅にも帰れません。運よく回復期の病院に移れたとしても、元の状態に戻るのが困難な場合も多々あります。このような不十分な対応では患者さんは決してよくなりません。
では、チーム医療の実践によりどのような対応が可能になるのでしょうか。まずは誤嚥性肺炎に対して抗菌薬による治療を行います。それに加え、呼吸不全がなくなったらすぐに離床して廃用を予防します。過度の安静は必要ありません。また入院の時点でST(言語聴覚士)が嚥下機能を評価したうえで必要に応じて嚥下機能の訓練を行い、管理栄養士によるミールラウンドを実施して嗜好の把握、付加食や栄養強化食の必要性を検討します。経口摂取だけでは必要な栄養量を取れない場合、高カロリー輸液の併用や経管栄養を開始します。また、歩行能力を入院前の状態よりも高めることを目標にリハビリテーション(以下、リハ)を行うとともに、排泄機能を評価したうえで必要に応じて排泄リハを実施します。リハの中心的役割を担うのが、PT(理学療法士)やOT(作業療法士)です。さらに薬剤師が嚥下機能障害の原因となる薬剤がないか、多剤内服がないかを確認。歯科衛生士は口腔内(こうくうない)の状態をチェックし、必要に応じて口腔ケアを行います。退院後の再入院予防も非常に重要です。通所リハや訪問リハの介入に加え、退院後施設では必要な食事形態が提供できるかを確認し、スタッフへの訓練依頼も行います。
1人の患者さんに対する治療・ケアは本来このように一連の流れがあり、多職種の協働が必須です。結局のところ「チーム医療の質がその病院の質を決める」と言っても過言ではありません。チーム医療の一員を担い医療の質向上に寄与できることも、慢性期医療のやりがいだと思います。
当グループではさまざまな職種のスタッフがその力を発揮して活躍できる環境を目指し、心理的安全性(組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態)を担保するための研修を行い、職員と役職者の1対1のミーティングを定期的に実施できるような仕組みを構築中です。
地域医療――広く長い視点で患者さんや社会と関わる
慢性期医療は病院という枠を超えて患者さん本人やそのご家族と関わり、生活環境やバックグランドを考慮し、その方の人生にまで思いを巡らせることがあります。患者さんやご家族と長い付き合いになることも少なくありません。これは慢性期医療の特色であり、魅力でもあると思います。また退院後の再入院予防、すなわちご本人の自立した生活を維持するために、慢性期医療に関わる者は地域のサービスや地域資源にも目を向ける必要があります。広い視点で自院の役割を理解し、1人の患者さんにつながる生活や社会にも関わり「地域医療」の一翼を担うことができるのです。
「特定看護師」活躍の可能性
チーム医療の推進と看護師のさらなる活躍を目指して2015年に創設された「特定⾏為に係る看護師(以下、特定看護師)の研修制度」。現在、全国に3,300人ほど(2021年4月時点)の研修修了者がいます。当グループでも130人ほどが研修を修了(2021年11月時点)しました。これにより、従来は医師しかできなかった行為の一部について医師の手順書に基づき特定看護師が担うことが可能になり、タイムリーなケアが実現するとともに、タスクシフティング(業務移管)が進展しています。
たとえば特定看護師が末梢挿入型中心静脈(まっしょうそうにゅうがたちゅうしんじょうみゃく)カテーテル(PICC:ピック)を挿入できるようになると、低栄養状態の患者さんに即時・即日で栄養管理の対応が可能になります。タイムリーな対応が実現することの意味は非常に大きいです。また褥瘡が発生した際に特定看護師に伝わるようフローを整えておくことで、医師と相談してデブリードマン(壊死組織除去、傷の清浄化)と陰圧閉鎖療法(創傷を閉鎖環境にして陰圧を加え治癒を促進させる治療法)を行うことができます。褥瘡は医師が対応する場合頻繁に診ることは難しいのですが、特定看護師であれば日々行うケアの中で対応可能となり、患者さんの順調な回復に寄与します。
このように特定看護師の活躍は、タスクシフティングはもとより医療の質向上にもつながると見込まれるのです。さらに役割の拡大や患者さんへの貢献度の高まりによって本人がより高いモチベーションで働けるようになるでしょう。厚生労働省は「団塊の世代が75歳以上になる2025年に向けて特定看護師10万人以上の育成を目指す」としていますが、現状とその目標には大きな隔たりが生まれています。看護師の方々にはぜひ特定看護師の研修に参加いただき、さらなる活躍を目指してほしいと考えています。
写真:PIXTA
共に日本の医療をよくしたい
慢性期医療は本記事でお伝えしたとおり、総合診療、チーム医療、地域医療でもある非常にやりがいのある分野です。そして慢性期医療がよくなれば、日本全体の医療がよくなる可能性があり、非常にやりがいのある分野といえるでしょう。これから世界の各所で高齢化が進んでいくなか、日本はそのお手本になれる可能性があるのです。今後この慢性期医療を革新していくためには、若い人の力が必要です。当グループはもちろん、ほかにもやる気と活気あふれる素晴らしい病院はあります。皆で共に慢性期医療を、日本の医療をよくしていきましょう。