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尊厳死を実現するために必要なリビング・ウィルとACP(人生会議)

医療法人裕和会 理事長 長尾和宏先生

尊厳死とは、人生の最終段階において過剰な延命治療を行わずに、自然な経過に任せた先にある死のことです。世界各国で法的な容認が進む尊厳死ですが、日本では法的担保や社会的な認知があまり進んでいません。そのようななか、日本尊厳死協会*副理事長として尊厳死の啓発活動に尽力する長尾 和宏(ながお かずひろ)先生(医療法人裕和会 理事長)に、尊厳死を実現するために必要なリビング・ウィルとACP(人生会議)のポイントについて伺いました。

*日本尊厳死協会:1976年の創立以来、終末期における医療選択の権利が保証される社会の実現を目指して活動する市民・人権団体。リビング・ウィル(終末期医療における事前指示書)を発行し、登録管理を行っている。


尊厳死を実現するために必要なリビング・ウィル

リビング・ウィルを作成する目的

記事1でお話ししたように、尊厳死を実現するための基盤は本人の意思です。人生の最終段階における医療の選択について本人の意思を事前に表示しておく文書を“リビング・ウィル(LW)”といいます。リビング・ウィルを作成することにより、本人が意思表示できない状況において、意に沿わない延命治療を受けずに済みます。リビング・ウィルは、一時的に生命維持が困難になった方の回復を目的とする“救命”を拒むものではありません。

 

リビング・ウィルを作成する際のポイント

リビング・ウィルを作成する際には、終末期のさまざまな状態と措置について内容をよく理解したうえで、最善と思う選択をしてください。書式の規定などはなく、作文のように自由に書くことも可能です。

リビング・ウィル作成時には、かかりつけ医や医療チーム、アドバイザーから十分な説明を受け、ご家族を含めた話し合いを繰り返すことを推奨しています。この話し合いのプロセスをACP(Advance Care Planning:人生会議)といいます。話し合いのなかでもっとも優先されるべきは、本人の意思です。リビング・ウィルを希望しない人はつくる必要はなく、強制されたものは無効です。大切なことは、医療者やご家族などサポートしてくれる方々とリビング・ウィルを共有し、理解し合うことです。

 

写真:PIXTA

 

どのような人がいつリビング・ウィルを作成するとよいか

15歳以上であれば、誰でもリビング・ウィルを作成できます。実際、日本尊厳死協会には10歳代〜20歳代の方も会員登録されています。“リビング・ウィルは亡くなる間際の人が書くものでしょう”と思われる方もいらっしゃいますが、そんなことはありません。むしろ心身共に元気なうちに作成することが重要です。急病やけがなどは予測できないため、自分の意思を表示できなくなる前にリビング・ウィルを作成しておくことが大切です。

「いつ作成したらよいですか」と質問されることが多いのでお伝えしておくと、作成のタイミングはいつでもよく、強いて言うなら人生の折り返し地点、たとえば人生100年時代の今なら50歳を過ぎた時点で作成を検討するのがよいと考えています。

 

リビング・ウィルを作成した後のこと

病状の変化などにより気持ちや考えが変化することは十分にあり得ます。リビング・ウィルは、本人の気持ちが変わったときにはいつでも破棄・撤回が可能です。年始や誕生日などに意思を確認する習慣をつけるのもよいかもしれません。

 

日本におけるリビング・ウィルの普及率と実現率

現在、日本尊厳死協会の会員すなわち当協会の書式でリビング・ウィルを作成しているのは10万人ほどで、人口の0.1%に過ぎません。しかし、会員以外の方を含めてリビング・ウィルを作成している人の割合は人口の3.2%と推計されています(2013年厚生労働省のデータによる)。

日本尊厳死協会では年に1回、ご遺族へのアンケートを通じてリビング・ウィルの実現率を調査しています。その結果によると、9割ほどの割合で本人の意思を実現できていることが分かっています。


尊厳死を実現するために必要なACP(人生会議)

ACPの本質は“繰り返し行う、開かれた対話”であること

ACPとは、今後の治療・療養について患者さんとご家族、医療従事者があらかじめ話し合うプロセスのことです。リビング・ウィルを作成する際にはACPを行うことが推奨されています。ACPの本質は“繰り返し行うオープン・ダイアローグ(開かれた対話)”。すなわち、患者さんの意思を尊重し、対話を繰り返すことが重要なのです。

ACPは、2018年に国によって“人生会議”という愛称が付けられました。私はこのネーミングに賛同できません。なぜならACPは“対話”であり、“会議”ではないからです。会議というと、誰かが議長になり、何かを決めるためのものという意味合いが出てしまう。それはACPの本質ではありません。ACPを行う際には、尊重されるべき患者さん本人の意思が根底にあること、そして対話を繰り返すプロセスそのものがACPの本質であることを忘れないでいただきたいです。

 

写真:PIXTA

 

ACPを実践するためのポイント

ACP実践のポイントは、本人の意思を尊重し、皆が平等かつ自由に対話すること。一人称は本人、二人称はご家族、三人称は医療従事者や介護スタッフです。これらの意見を集約し、“2.5人称の視点”をつくるようなイメージです。結論は出さなくてもよく、対話を繰り返し、その内容を文書に記録していきます。

昨今のコロナ禍において、新型コロナウイルスに関する医療コミュニケーションのアドバイスをまとめた“バイタルトーク”がアメリカで開発されました。これは実際の対話方法をマニュアル化したものです。入院やカウンセリングなどの状況に応じて想定される対話の指針が示されています。今後はこのようなツールを参考に、ACPの実践を進めるとよいでしょう。

 

ACPの実践における課題

ときに、難しい事例もあります。たとえば本人とご家族の意見が相反する場合。あるいはご家族同士の仲が悪く、対話に参加してくれなかったり、キーパーソンを決められなかったりすることがあります。これらは医療従事者が介入できる範疇(はんちゅう)を超えてしまい、ACPの実践を妨げる要因になり得ます。このような点はACPの実践に向けた課題の1つです。

 

介護の現場におけるACP(人生会議)の認知度はまだまだ低いです。また、医療の現場においては、ACPという言葉や概念は認知されていたとしても実際には行われていない場合が多々あります。このようななか、医療・介護の現場でいかにACPの認知拡大と実践を進めていくかは今後の大きな課題です。

 

ACPに関する世界の動き

アメリカ、オーストラリア、ドイツ、スペイン、シンガポールなどの諸外国では、尊厳死の実現に必要な“事前指示”に関する法整備や制度構築が進められ、ACPの取り組みが行われています。アジア諸国でも事前指示に関する法律が制定されるなど、ACPの普及が推進されています。


長尾 和宏先生からのメッセージ

これまでさまざまな場所で尊厳死、リビング・ウィルについてお話しする機会をいただきました。私の話を聞いて尊厳死への理解を深め、行動してくださる人や組織があり、感謝しています。特に在宅医療と親和性の高い日本慢性期医療協会の方は、自院・自施設において尊厳死を実現できるよう実践されています。何度も申し上げますが、根底にあるのは“本人の意思”です。まずは尊厳死、リビング・ウィルについて知っていただき、自分やご家族の幸せを追求していただけたら何よりです。

*長尾 和宏先生の著書『痛い在宅医』(2017年)を原作とした映画『痛くない死に方』の公開が2021年3月に予定されています。また、長尾 和宏先生が向き合う尊厳死の現場を撮ったドキュメンタリー映画が『痛くない死に方』と同時公開される予定です。詳細はこちらをご覧ください。

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