病気 2025.04.28
実家のような温もりで認知症の患者さん一人ひとりと丁寧に向き合う診療を
栄樹庵診療所 院長 繁田 雅弘さん
神奈川県平塚市にて、空き家となった生家を活用して運営している“SHIGETAハウス”。そして併設の“栄樹庵診療所”では、自宅のような温かい雰囲気のなかで、認知症の患者さんやご家族に寄り添ったサポートの提供が行われています。今回は、栄樹庵診療所の院長を務める繁田 雅弘(しげた まさひろ)さんに、2つの施設を立ち上げた経緯や運営にかける思いについてお話を伺いました。
生家をリフォームして始めた“SHIGETAハウス”
SHIGETAハウスを始めたきっかけは、私の母が施設に入所したことでした。実家が空き家になってしまうので何か活用できないかと考えたのです。実はその数か月前、実家の建物を利用した認知症カフェ*がすでにオープンしていたのですが、「この活動をぜひ続けてほしい」「続けていこうじゃないか」と声が挙がりました。そこで、母の主治医だった先生と私が中心となって運営を始め、2018年8月から“SHIGETAハウス”として改めてスタートを切りました。
SHIGETAハウスは、一般の人が利用できる場所であるとともに、行政や専門職の人たちが集まって勉強会などに取り組めるような場所にもなればという思いで立ち上げました。そのビジョンは「安心して認知症になれるまち」です。これは、みんなで話し合って決めたわけではなく、活動を続けるなかで自然に出てきた言葉でした。認知症の患者さんやご家族が、何かあったときにすぐ相談できる場所があることや、頼れる場所があると知っているだけで、地域の皆さんは心強く感じられるのではないかと思っています。
勉強会では私が講師となって、認知症医療や臨床ケアなどの話を医療従事者向けに行っています。そのほか、多職種のゲストによる対談など、会の形式はさまざまです。多くはオンラインでの配信を行っていて、遠方から参加している人もいます。また、認知症カフェの運営も続けています。
*認知症カフェ:認知症の患者さんや家族が、さまざまな人と交流できる場のこと。
一人ひとりに寄り添う環境を整えた“栄樹庵診療所”
併設している“栄樹庵診療所”は2024年6月に開設されました。当時、私が非常勤で働いていたクリニックが手狭になっていたのがきっかけで、より多くの患者さんの診察にあたりたいという私の思いも汲んでクリニック内で検討してくださり、SHIGETAハウスを診療所として活用するという提案をいただきました。そこで、同じグループ法人の関連施設として開院し、患者さんとじっくり向き合える環境を整えることになったのです。
栄樹庵診療所では、予約の枠を1人あたり30分設けて、1日11人限定で診察を行っています(2025年1月時点)。認知症が進んだ患者さんは言葉を交わすのが難しいことも少なくないため、診察のときは「今日はゆっくりここに居てくださいね」という姿勢で、時間を共有することを大切にしています。いろいろなお話ができる患者さんもいますが、ぽつりぽつりとお話をされるなかで、ゆったりと時間が過ぎていくような診察になるときもあります。
このような診療体制ですので正直なところ、診療所だけでいうと収入面では厳しい状況です。しかし、法人全体の部門の1つとして、こうした診療を必要とする患者さんと向き合うことは、社会的な貢献度も高いと感じています。
自宅のような温かい雰囲気で患者さんを迎えるために
栄樹庵診療所の特徴の1つは、自宅のような空間でゆったりとお話ができることです。木造の民家を利用した診療所で、家の玄関と同じようなところから入るので、医療機関らしい雰囲気はありません。緊張して来られる患者さんも多いですが、診察までに時間があるときはスタッフが会話をして場を温めてくれていることがあり、診察のときも和やかで話しやすい雰囲気が作れていると感じています。また、スタッフは少人数で、検査などが必要なときはほかの医療機関と連携して対応することがありますが、当院でもADAS(Alzheimer’s Disease Assessment Scale)という認知機能検査を実施できるのは特徴的だと思います。
現在、栄樹庵診療所を訪れる患者さんの層はさまざまです。たとえば、認知症の疑いが生じた状態であるMCI(軽度認知障害)の段階で治療を受けている患者さんもいます。現役で仕事をしている50〜60歳代の患者さんで、周りから「疲れがたまっていませんか」などと声をかけられて心配になり受診したという人もいます。中には、治療を始めるかどうかを迷って長く相談に来られている患者さんもいますし、付き添いのご家族のお話のほうを重点的にお聞きすることもあります。こうした一人ひとりの思いに寄り添い、対話をしながら診療を進めていけることに、栄樹庵診療所の意義を感じています。
今後の展望――患者さんの意思を尊重した医療を提供していきたい
従来の認知症治療は、患者さんの家族と担当医によって治療に関する意思決定が行われるような、本人が不在の医療であったと思います。だからこそ栄樹庵診療所では、診察時間を十分に設けてお話を聞きながら、患者さんの気持ちを踏まえて選択を行う医療を提供していきたいと考えています。たとえば、単純に「薬を飲みますか」といった質問をするだけでは患者さんも迷ってしまうので、一緒に相談して本人に選択してもらう、もしくは本人の意向を反映させられるように心がけています。
具体的には、患者さんに「このような診断ですが、ご自身ではどのように感じますか」「お薬を飲むことによって悪化を少しでも遅らせられるかもしれません。ただし、副作用としてはこのようなものがあります。気持ちを尊重して決めたいのですが、どうしましょうか」などとお聞きして、答えてもらいます。やりとりをするなかで、患者さんに「自分で考えて相談している」という実感を持ってもらえれば、本人が主体となって意思決定をする医療につながるからです。患者さんがすぐに決断できないと、付き添いのご家族が説得をしたくなってしまう場面もあると思いますが、そんなときはご家族に「自分で薬を飲まないと決めた人と、家族に説得されて渋々飲んでいる人とでは、どちらがその後、その人らしく生きられると思いますか」とお伝えすることもあります。
こうした丁寧な診療を続けていくうえでは課題もあります。1つは先ほどお話しした経営面、もう1つは一人ひとりの話をじっくり聞くことの大変さです。患者さんはさまざまな悩みや不安を抱えて診療所に足を運んでくださっています。抱えている課題が重く、深い話になることも少なくありません。話を聞く医師やスタッフにとっても、体力的・精神的に大変だと感じることはありますが、認知症を専門とする施設として役割を果たしていきたいと思います。そして、患者さんやご家族をはじめ、認知症について相談したいと考えている現役世代の人など、より多くのニーズに応えていけたらと考えています。