介護・福祉 2023.11.29
孤立の病に対する社会的処方――社会的処方に欠かせないリンクワーカーとは
一般社団法人プラスケア 代表理事/川崎市立井田病院 腫瘍内科 部長 ⻄ 智弘先生
社会的な“孤立”は生きがいの喪失や生活への不安をもたらすことから、近年問題視されています。この“孤立”による不調を、薬ではなく“地域とのつながり”を処方することで元気にしていく仕組みを社会的処方といいます。社会的処方を行ううえでは、孤立した人と地域とをつなぐ “リンクワーカー”という役割がとても重要です。川崎市立井田病院 腫瘍内科 部長を務める⻄ 智弘(にし ともひろ)先生は、一般社団法人プラスケア代表理事として、社会的処方の普及に尽力しています。西先生に、社会的処方とその実践に欠かせないリンクワーカーについてお話を伺いました。
孤立が引き起こす病とその課題
“孤独”と“孤立”は、日常的には同じ意味で使われることが多いかもしれません。しかし、社会学の研究上では明確に区別されており、“孤独”は“孤独を感じる”などと使われ、主観的な概念であるのに対して、“孤立”は客観的な状態を指し、“社会的孤立”は「家族やコミュニティとほとんど接触がない」状態と定義されています*。これは、社会の中で役割や居場所が失われ、周囲から認められない状態であるといえます。
社会的に孤立していたとしても、中には孤独を感じない方もいることでしょう。また、自身で孤独な状態を選んでいる方であっても、「つながりたい」と思ったときにつながることができれば、大きな心配は必要ないでしょう。
私が懸念しているのは、本人が望まないのに社会的孤立に追いやられた状態の人です。なぜなら、社会的孤立は寿命に大きな影響を及ぼす恐れがあるということが報告されており、命に関わる問題であることが明らかになっているからです。
また、孤立の問題は、高齢の人だけに限った話ではありません。東京を中心に都心部における若者の社会的孤立は無視することのできない大きな問題となっています。孤立は、自殺につながる恐れもあるのです。この問題を改善していくためには、街の中に若者の居場所を準備していく必要があるでしょう。若者が自然な形で地域のコミュニティに溶け込めるようにするにはどうしたらよいか、この点について考えていくことも大きな課題だと感じています。
*英国の社会学者、ピーター・タウンゼントによる「家族やコミュニティとほとんど接触がない」という定義。
孤立に対して処方する“つながり”――社会的処方とは?
社会的孤立は日本だけの問題ではありません。イギリスの医療現場では、社会的孤立を原因とした生きづらさを解消するカギとして、1980年頃に“社会的処方”という考え方が誕生しました。
社会的処方は、孤立状態にある人を、地域の活動や文化サークルといった自分を表現できる場につなげることで自律的な生活を支援し、孤立や孤立によってもたらされる病を予防・解消する仕組みです。つまり、薬ではなく、つながりや居場所を処方することによって孤立を解消していくという考え方です。
現在は、孤立によって引き起こされた不安やうつ病、体調不良などの相談は医療現場で受けていますが、本来は社会的処方によって解消されていくのが望ましいと考えています。周囲の人たちが共感し寄り添うことができれば、「1人ぼっちだ」と感じたり孤立したりしてしまう状況を防げるのではないでしょうか。そして、「自分はこの街で1人ぼっちではない」と思えることは、生きる力を取り戻すことにもつながっていくのではないかと思います。人生の最期に「どうせ、1人ぼっちなんだからいつ亡くなってもよい」と思う人がたくさんいるような社会は、幸せなコミュニティとはいえないでしょう。
また、地域の自発的な社会的処方によって孤立の問題が改善できれば、孤立による不調で医療機関にかかる必要もなくなり、医療費の削減にもつながります。医療に使える財源が増えるという作用も見込めるでしょう。
私は社会的処方の考えが広まることによって、このようにさまざまな問題が解決していけばよいと思いながら啓蒙活動に取り組んでいます。
社会的処方に欠かせない“エンパワメント”の理念
人それぞれが本来持つ興味や関心、能力を引き出すことが大切
社会的処方の仕組みの中では、自分を表現できる活動の場や市民サークルが居場所となり“生きがい”や“やりがい”をもたらしますが、私は“表現の場を自然と居場所だと思えるようになっていく過程”が大切だと考えています。
社会的処方の理念の1つに、エンパワメント(Empowerment)という重要な要素があります。エンパワメントとは、その人自身が本来持っている興味や関心、能力を引き出すことを意味し、そのような場を用意することで、社会の中で自分を表現できるようにサポートするのが社会的処方だと考えています。たとえば、周囲がお膳立てした居場所に人を当て込むというようなやり方は、社会的処方の理念には沿わないのです。
日本における社会的処方――西先生が考える実践例
“音楽が好きなAさん”という人がコミュニティの中で孤立していたとしましょう。Aさんの“音楽が好き”という関心を起点として、社会とつながる接点を作ることはできないでしょうか。
たとえば、“Aさんの曲選びのセンス”に着目し、その能力を周囲の人が面白がることで、銭湯の番頭さんに声をかけて、館内でかけるBGMをAさんに選曲してもらうという取り組みができるかもしれません。「今日館内で流れているこの曲はAさんによる選曲です」といったように、その場を演出することで、Aさんが「ここでは自分という存在を見てくれる」と思ってくれるようになるかもしれません。小さなことかもしれませんが、このような些細なつながりの中でAさんが「1人ぼっちではない」、「この街が自分の居場所だ」と感じられるようになっていく仕組みが社会的処方だと考えています。
そして、このAさんと銭湯の番頭さんや地域やコミュニティの人たちをつなげる役割を担うのが“リンクワーカー”という人材です。
社会的処方に欠かせないリンクワーカー――人の魅力や能力を引き出す役割
エンパワメントという社会的処方の理念に欠かせないのが“リンクワーカー”と呼ばれる人材で、人と地域活動などの社会資源をつなげる重要な役割を担っています。
イギリスで生まれた社会的処方の仕組みの中で、リンクワーカーは“社会的処方を行いたい医療従事者の依頼を受けて、患者さんと社会資源をマッチングさせること”を仕事としています。イギリスでは比較的医療に近い領域で社会的処方が行われているケースが多いようですが、非医療従事者がリンクワーカーの役割を担うこともあり、市民が主体となってつながりを作る試みを行っている地域もあると聞きます。
Aさんの例のように、もし地域で孤立している人がいたら、リンクワーカーを中心に周囲の人たちが率先しておせっかいを焼いたり地域で見守ったりできるコミュニティになるのが、私が理想とする社会的処方です。
リンクワーカーにとって必要な資質は“人への好奇心”
リンクワーカーは困っている人と社会資源をマッチングさせる役割だとお伝えしました。しかし、地域で困っている人に「市民サークルはここに行けば参加できます。後は自分でやってください」と、一方的に答えを与えるのはリンクワーカーの仕事ではありません。
リンクワーカーにとって大切な資質は、支援を必要とする人が面白いと感じることに対して、共に面白がることのできる好奇心を持っていることだと思います。そして、どう社会とつながればその個性を十分に表現し、より面白くできるのかを考え、うまく演出していくことが大切です。
また、リンクワーカーは困っている人に対し、友人に接するようなスタンスで接することも大切だと考えます。友人であれば苦しみも頑張りも理解したうえで寄り添って支えるのが当たり前のことでしょう。リンクワーカーも、友情ほどの濃さではなくとも、同じ地域に暮らす方たちに万遍なく支援を提供していくことが大切だと考えています。
社会的処方を“文化”として広めるために
日本の状況に合わせて、社会的処方を“文化”に
イギリスにおける社会的処方は、ロンドンの移民が多い地域にあるブロムリー・バイ・ボウセンター(BBBC)を中心に、“市民のおせっかい”から始まりました。そして、それをより効率的に行っていくためにリンクワーカーという専門職が生まれ、制度化されていったのです。
このような歴史的背景や経緯を無視して、社会的処方という仕組みやリンクワーカーという結果(制度)だけを取り入れ、今の日本の状況に無理やり合わせようとしても、ひずみが生じてしまう恐れがあります。また、「社会的処方はリンクワーカーという資格を持つ専門職が担当することだから自分には関係ない」という誤解が広まってしまう可能性もあるかもしれません。
制度として取り入れなくても、おせっかいを焼きたい人はたくさんいるはずです。そういった方たちが、地域で自由に活動しやすくすることで、社会的処方が“制度”ではなく“文化”として広まっていくことを願っていますし、そのための活動に注力しています。
西先生が社会に対して期待すること――寛容さが文化を生む
医療機関は、社会的処方を行ううえでの窓口の1つに過ぎません。その窓口は、医療機関でなくとも、たとえばカフェでもスーパーマーケットでも銭湯でもかまわないのです。
そうなっていくためにも、今後は社会がより寛容になっていくことを期待しています。誰かが「こんなことをやりたい」と声をあげたときに、「それは面白そうですね」と受け入れられる寛容な社会になっていくと、日本でも社会的処方が文化として広まっていくのではないでしょうか。