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厚労省・眞鍋 馨さんに聞く、医療と介護のこれから――科学的介護情報システム(LIFE)設立の思い

厚生労働省 保険局医療課長 眞鍋 馨さん

今後さらに少子高齢化が進むといわれている日本では、認知症や脳・心血管疾患、骨折など、介護やリハビリテーションを要する病気の患者さんが増加する見込みです。医療・介護ニーズの変革期にあるなか、医療環境や介護ケアのあり方について私たちは今一度考えなければなりません。2021年度からは高まる介護ニーズへの対応として“科学的介護情報システム(以下、LIFE)”の運用が始まっています。当時、厚生労働省 老健局老人保健課課長としてLIFEを設立した眞鍋 馨(まなべ かおる)さん(現:厚生労働省 保険局医療課長)にLIFEへの思いや、2024年に控える“トリプル改定”への意気込みを踏まえて、医療と介護の未来についてお話を伺います。


標準化されていない介護行為

介護における大きな課題は、介護行為が標準化されていないことでしょう。医療の世界では、“エビデンス(科学的根拠)に基づいた医療”がすでに浸透しており、DPC制度*によって急性期医療の標準化も進んできています。

一方の介護では、いまだそのような動きがありません。たとえば介護には食事介助・入浴介助・排泄介助の三大介助と呼ばれるものがありますが、どれも標準化はされておらず、各施設が工夫しながら独自の方法で行っています。それによって質の高い介護サービスを提供している施設は多くありますが、どの施設でも質の高い介護ができるようにするには、介護行為を標準化して施設間で比較できるようにする必要があると考えています。最終的にはDPC制度のように、それぞれの介護行為をコード化するのが理想です。その際には、それぞれの患者さんができないことと、そこに紐づけられた必要な介助について、細かく分類して分析していく必要があるでしょう。

 

DPC制度:急性期入院医療を対象とした診療報酬の包括評価制度のこと

イメージ:PIXTA


科学的介護情報システム“LIFE”――学問による介護の評価

“科学的根拠に基づく介護”を推進するための第一歩として、厚生労働省の老健局老人保健課課長時代にLIFEを設立し、2021年度から運用を開始しました。

 

LIFEでは、介護サービス利用者の状態やケア内容を一定の様式で入力すると、厚生労働省で入力内容が分析された後、当該施設などにフィードバックされる仕組みとなっています。LIFEの存在意義は、介護行為の標準化による施設間比較、そして介護ケアレベルの向上です。今はまだデータの運用というより集積の段階なので、現場に対してはデータ入力の負担をかけており心苦しく思っています。ただ、LIFEによって介護行為が標準化されていくことで、介護の質は今後必ず向上するでしょう。日本人は真面目な方が多いので、エビデンスによって“適切な介護行為”が明確になれば、多くの介護スタッフは積極的に習得してくれると思います。介護の世界では、情熱やそこにかける思いが非常に重要な意味を持ちますが、気持ちだけに頼ってしまうのではなく、1つの“学問”として介護が評価される時代をつくっていきたいです。LIFE活用によって将来的に医療と介護のビッグデータを結びつけられれば、急性期から介護まで一気通貫で分析できる時代が来るかもしれません。


今後重視すべきは“認知症ケア”と“リハビリ”

きたる超高齢社会に向けて、今後重視すべきは“認知症ケア”と“リハビリテーション”と考えています。2040年の日本では、約11人に1人が認知症になると推計されています。リハビリテーションの需要は今後ますます増加することが見込まれるほか、認知症の方にも安心して医療を受けてもらえるような環境づくりが大切です。慢性期医療はもちろんのこと、今後は急性期医療においても認知症の方への対応力を向上させていく必要があるでしょう。

 

そのほか、肺炎や脳・心血管疾患、骨折といったリハビリテーションが必要な病気が増えることも予想されています。社会的負荷をできるだけ減らし、患者さんが自宅に戻ることができるように、ぜひ現場のスタッフには急性期から積極的なケアとリハビリテーションを行っていただきたいと思っています。


“全体最適”を目指す2024年トリプル改定

2024年には診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス等報酬が同時に改定される、いわゆる“トリプル改定”が控えています。同時改定は、要介護者・高齢者に対する給付を全体的に最適化できる6年に1度の機会です。ポスト2025、そして高齢者人口がもっとも多くなる2040年ごろに照準を合わせながら、医療・介護ニーズがピークを迎えても質の高い終末期医療(人生の最終段階における医療)や介護が維持できる世界をつくらなくてはなりません。

 

私自身の思いとしては、医療に関する診療報酬の中では“患者さんの生活者としての視点”を重視したいと考えています。たとえば、患者さんにとって快適な生活場所を考えたとき、それは病院の大部屋やICU(集中治療室)でなく、自宅やそれに近い環境のはずです。患者さんができるだけ早く自宅に戻ることができる仕組みづくりや、自宅に帰ることが難しい場合には自宅に近い環境である高齢者施設などにスムーズに移れる仕組みをつくりたいと考えています。

 

介護報酬は担当外でありますが、個人的には要介護者に対しても医療の視点を維持することが重要だと考えています。要介護認定がなされたからといって、治療が終了するわけではありません。治療で“治る人”は治さないといけないと思います。介護を受ける患者さんにも、定期的に医療的な評価を受けてもらうことが必要だと考えています。

イメージ:PIXTA


現場との対話を続ける

2024年のトリプル改定に向けて、2023年度中に医療と介護による意見交換の場を数回設ける予定です。共通課題を認識したうえで、改定の議論に入っていきたいと考えています。医療や介護の世界は非常に複雑ですが、答えは必ず現場にあります。現場の声を聴いて、意思決定プロセスを透明化しながら制度改正にあたっていきたいです。

 

介護保険法の冒頭第一条には、

 

“(前略)要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行う(後略)”

 

と記されています。つまり、その人が持っている能力を最大限活用して、それでもできないことをサービスとして提供することが述べられており、患者さん自身ができることを介護者が代わりに行う、というのは介護保険法の理念には必ずしも合わないと思います。時間をかければできることなのであれば待つことも必要です。

 

そして第四条には、

 

“国民は、自ら要介護状態となることを予防するため、加齢に伴って生ずる心身の変化を自覚して常に健康の保持増進に努めるとともに、要介護状態となった場合においても、進んでリハビリテーションその他の適切な保健医療サービス及び福祉サービスを利用することにより、その有する能力の維持向上に努めるものとする”

 

とも書かれてあります。こうした理念を実現できるような制度を設定していきたいと思います。

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