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医療法人永寿会における口腔衛生管理と口腔ケア――“手技”と“接遇”で患者さんの意思を尊重したケアを

医療法人永寿会 恩方病院 歯科・歯科口腔外科 歯科衛生科長 齋藤 しのぶさん

慢性期病院に入院している患者さんが、よりよい療養生活を送るためには、口腔をできるだけ良好な状態に保つことが重要です。医療法人永寿会では、医科と歯科が連携を図りながら入院患者さんのニーズに対応し、人生最期を迎える日まで豊かな時が過ごせるよう口腔健康管理(こうくうけんこうかんり)*に力を入れています。今回は、医療法人永寿会 恩方病院(以下、恩方病院) 歯科・歯科口腔外科 歯科衛生科長の齋藤(さいとう) しのぶさんに、同法人における歯科衛生士による口腔衛生管理**の取り組みや、看護師が口腔ケアを行う場合のポイントなどについてお話を伺いました。

*口腔健康管理:歯科医師や歯科衛生士による “口腔機能管理”と“口腔衛生管理”、看護師などが日常的なケアとして行う“口腔ケア”の3つを総称したもの。

**口腔衛生管理:歯科医師・歯科衛生士が、摂食嚥下機能の維持・向上、栄養状態の改善、誤嚥性肺炎の予防、介護環境の改善につながる処置や指導を実施すること。


慢性期医療の現場で起こり得る口腔のトラブル

慢性期病院に入院している患者さんには、さまざまな口腔トラブルが起こります。たとえば、脳梗塞後遺症による麻痺や認知症などの影響で、歯磨きが以前のようにできなくなり、口腔ケアの介助が必要となることがあります。適切な口腔ケアができないと口腔が不潔となり、虫歯や歯周病を発症しやすくなります。虫歯が進行すると、歯冠部(歯肉より上の歯)が欠けて、歯根だけが残る“残根”という形態になってしまうこともあります。欠け方によっては歯の一部が尖った状態で残り、粘膜を傷つけてしまう可能性があります。また、歯周病が進行すると歯が動揺(歯がぐらぐら揺れること)し、破折や自然脱落(歯が自然に抜けてしまうこと)によって歯を誤飲する恐れがあるため、抜歯の処置を検討する場合もあります。歯周病などにより歯を喪失した部位は、歯を補うために義歯(入れ歯)を使用する場合もあります。しかし、認知機能低下などによって義歯を使いこなすことが困難となれば、あえて義歯を使用しない選択をする場合もあります。ほかにも顎が外れやすくなる、口の渇きや口腔粘膜の痛みといった口腔不快感などの口および口周囲のトラブルへの対応も必要です。

経管栄養中などで口から食事を摂取しない場合であっても口腔トラブルには注意が必要です。口から食事を取らなければ食物残渣(食べかす)が残らないので、口腔が汚れることはないと思う人もいるかもしれません。しかし、口を使わなければ唾液分泌が減少して自浄作用が悪くなり、口腔機能も低下します。すると、口腔内の乾燥も顕著となり、痰(たん)や剥離上皮膜*(はくりじょうひまく)などの汚れが口蓋側(上あご)や舌などの粘膜に付着することがあります。口腔は体の中でも細菌が多く存在する部位の1つです。細菌数は歯垢1g中1011個で、大腸と同じくらい存在します。この汚れなどを誤って飲み込んでしまうと誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)を引き起こす可能性があるため、定期的な口腔衛生管理で口腔を清潔に保つ必要があるのです。また、全身状態の悪化とともに、粘膜も弱くなり口腔内は少し触れただけで出血しやすくなることもあります。そのため、粘膜に付着した剥離上皮膜や血餅(けっぺい:血のかたまり)の口腔衛生管理においては適切な手技が必要となります。

*剥離上皮膜:口腔機能の低下などによって、口腔粘膜の重層扁平上皮が剥離したもの。


陵北病院・恩方病院における口腔衛生管理

近年、口腔ケアは口腔清掃状態を改善するのみではなく、誤嚥性肺炎や認知症の進行を予防することを目的に行われています。精神科分野においては患者さんの社会生活尺度の改善も期待されています。

医療法人永寿会では、精神科医療と慢性期医療を中心に、地域の人々が安心して暮らせるよう貢献していくとともに職員が働きやすい職場環境を目指して日々努力しています。当法人は東京地区(陵北病院・恩方病院・老人保健施設ゆうむ)と福岡地区(シーサイド病院・川添記念病院)に4病院1施設を運営し、そのうち3つの病院に歯科診療科を併設しています。すべての病院で歯科衛生士による入院患者さんへの口腔衛生管理を実施しており、歯科が中心となって摂食嚥下障害への対応も行っています。

私はもともと高齢者医療に特化した療養型病院である医療法人永寿会 陵北病院(以下、陵北病院)で歯科衛生科長を務めていました。数年前からは、認知症や精神疾患の患者さんが多く入院する同法人の恩方病院で主に勤務しています。現在は東京地区と福岡地区の歯科衛生士を統括する役割を担っており、歯科衛生士として口腔衛生管理に努めています。

陵北病院では、入院された全ての患者さんに、主治医・歯科医師・看護師・歯科衛生士・言語聴覚士・管理栄養士などが協同して診察を行い、“口から食べることの幸せ”を一丸となってサポートしています。歯科医師は、口腔状況の確認・歯式(歯の生えている部位を歯科用語で表したもの)のチェックなど各種検査を行い、歯科衛生士は口腔衛生管理を実施します。診察後、主治医・歯科医師・看護師などがキーパーソンへ治療内容や治療計画などを伝え、説明と同意を図ります。また、義歯を使用している場合には、歯科医師が義歯に患者さんのお名前を入れて取り違えを防ぎます。入院中は看護師が1日3回の口腔ケアを行い、週に1〜2回歯科衛生士が口腔衛生管理を実施します。歯科医師・歯科衛生士が継続的に介入し、口腔の変化に対応しています。また、先述したように、一定期間口を使わないでいると汚れが溜まりやすくなるため、絶食を経て食事を再開する患者さんにおいては、看護師・言語聴覚士などと連携し、食事再開直前の口腔衛生管理も行っています。

なお、陵北病院では胃瘻造設を実施しているため、手術前には歯科衛生士による口腔衛生管理が看護部のクリニカルパスとなっています。当院での胃瘻造設は口腔から内視鏡を挿入する方法のため、口腔内が汚染していると感染を引き起こす恐れがあります。感染による発熱を予防できれば、患者さんの負担軽減につながると考えています。

恩方病院は精神科の病床が多く、急性症状で入院された患者さんには歯科がすぐに介入できない場合もあるため、タイミングをみて随時介入しています。また口腔外科を専門とした歯科医師が在籍しているため、親知らずなどの抜歯や有病者で複数の薬を服用している患者さんの歯科治療も対応しており、入院患者さん以外に一般の患者さんの外来診療も行っております。

陵北病院・恩方病院・シーサイド病院では、嚥下内視鏡を歯科で管理しており、歯科衛生士が準備・消毒などを行っています。“一生、口から食べられること”を目標にして、患者さんが経口摂取を維持できるかどうかを常に考え、嚥下機能評価を実施し、一人ひとりに合わせた方法を模索しています。医科・歯科・リハビリテーション科・栄養科などと連携を図り、“口から食べること”の幸せをサポートしています。また陵北病院では、摂食嚥下支援センターを併設しています。


口腔清拭用品を使用する場合のポイント

慢性期の患者さんへの口腔ケアでは、どのような口腔清拭用品を使用してケアを行うかも大切なポイントです。当法人では、慢性期の患者さんのケアには粘膜を傷つけないためにスポンジブラシや口腔ケアジェル(医薬部外品)の使用を推奨しています。口腔乾燥が顕著で剥離上皮膜等の汚れが多く付着している場合、ピンセットで無理やり剥がしてしまうと出血につながる恐れがあります。力任せに汚れさえ除去できればよいというものではなく、適切な手技が必要です。

口腔清掃の手順は、清拭・軟化・除去・回収・清拭です。強固な汚れほど、軟化・除去・回収を数回繰り返します。最初の清拭は、唾液や喀痰、食物残渣などを清拭するとともに口腔を湿潤させ、次の軟化で使用する口腔ケアジェルが浸透しやすいように清拭します。軟化の際は、口腔ケアジェルを適量(1cmほど)手の甲に取り、スポンジブラシを回転させながら、スポンジブラシ全体に馴染ませた後、口腔全体に薄く満遍なく使用します。さらに軟化が不十分な部位は繰り返し使用します。次の除去・回収では、スポンジブラシや歯ブラシ類などにより、歯や舌・粘膜に付着したプラークや食物残渣・剥離上皮膜を除去・回収します。最後の清拭では、最終的に口腔内を清潔にするために清拭します。うがいができない患者さんも多いので、除去した汚れをきちんと回収することが大切です。汚れの回収には、スポンジブラシだけではなく口腔清拭シートを指に巻き付けて清拭する方法も有用です。ただし使用方法によっては、乾燥している粘膜に傷をつけてしまったり、指を噛まれてしまったりすることがあるので注意が必要です。


手技と接遇をポイントに一人ひとりの意思を尊重したケアを

随時対応しておりますが、歯科衛生士が口腔衛生管理として介入できるのは基本的に週1〜2回です。患者さんの口腔を良好な状態に維持するためには、看護師による1日3回の口腔ケアが重要です。そこで歯科衛生士がスポンジブラシや口腔清拭シートの手技や手順などについて、看護師にレクチャーしています。

ただし、手技を習得したからといて口腔ケアがうまくいくとは限りません。看護師からは「拒否されて口腔ケアができない」と相談されることもあります。拒否の原因はさまざまで、認知機能の低下が影響している場合もありますが、必ずしも患者さん側だけの問題とは限りません。ケアを行う側の手技や接遇面に問題があることもあります。口腔はとても繊細ですので、患者さんに触れる際は配慮が必要となります。よくあるケースとしては、「歯磨きしますね」の声かけと同時に歯ブラシを口腔へ挿入しているケースです。患者さん側が触れられる心構えができていないために、拒否反応を示すことがあります。そのような拒否反応が出ないよう患者さんに口腔へ触れる心構えを持って頂くことが重要です。

手技を簡単に述べると、声かけ・口唇周り接触・口唇接触・口角から口腔への接触といった手順で口腔清掃を行います。口唇周り接触では、顎のあたりに人差し指などで優しく触れ、患者さんに慣れていただきます。拒否がない人は3秒ほどで構いません。口唇周りに触れることに慣れたところで、ようやくスポンジブラシにて口唇に軽く触れていきます。開口を拒否する患者さんに対して、無理に開口させようとする行為は逆効果です。

また、声かけをするときに、声をかけるだけでは不十分です。患者さんの目線に入ることや、敬語を使うことも大切です。馴れ馴れしい態度ではなく節度ある対応をすることで「大切にされている」と感じていただけます。拒否が強い場合には、無理をしないことも大切です。日時や対応する職員を変更すると、拒否なく口を開けてくれる場合があります。否定するのではなく、傾聴・共感しながら進めていくことが大切です。術者が一人ひとりの意思を尊重して行うことが手技にも現れ、その気持ちが患者さんに伝わると考えています。認知症や意識障害があり会話ができない患者さんであっても、患者さんを尊重した対応が大切です。

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