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医療と市民の“互恵関係”強めて持続可能な地域づくりを

東北医科薬科大学医学部 医療管理学教室 教授 伊藤弘人先生

日本のほとんどの地域で人口減少が進んでいます。地域で住民が安定した生活を送るためには、地域の持続可能性を高める取り組みが必要です。それには、医療の中だけの連携だけでなく、医療・介護連携やまちづくりなどの公共施策の制度設計にも関与することが求められます。持続可能な地域における医療の役割や在り方について、東北医科薬科大学医学部 医療管理学教室 教授の伊藤 弘人(いとう ひろと)先生にお話を伺いました。


地域のために医療が担う役割とは――社会連携の重要性

継続的なケアが求められる病気を地域で支えるために

2013年、地域に応じた医療を提供するために都道府県が策定する“医療計画”において、“広範かつ継続的な医療の提供が必要と認められる疾病”として、従来記載されていたがんや脳卒中、急性心筋梗塞(きゅうせいしんきんこうそく)および糖尿病(4疾病)に、精神疾患が加えられ、5疾病・5事業となりました(2024年からは“新興感染症等の感染拡大時における医療”を加えた5疾病・6事業に拡大予定)。

その流れを受けて、また国内外の動向から、認知症を地域で支援するという考え方が強くなり、認知症の地域連携クリティカルパス(急性期病院から回復期病院を経て早期に自宅に帰れるような診療計画を作成し、治療を受ける全ての医療機関で共有して用いるもの)を作る活動が広まっていきました。私も最初は長野県にある佐久総合病院にご相談申し上げ、“あったか手帳”という患者手帳を用いた地域連携に関するモデル活動を進めていました。特に上田市ではこの手帳を住民の方に配布されるなど、積極的な活用がなされていました。新潟県上越市においても認知症に対する患者手帳の取り組みは進んでいて、次第に各地域でさまざまな手帳が作られるようになっていきます。

一方で、糖尿病や循環器疾患などの非感染性疾患(NCDs)などについては、すでに患者手帳を使った地域連携クリティカルパスが作られていました。NCDsをお持ちの患者さんが精神疾患(特にうつ病)を合併すると、予後が悪化する(再発リスク上昇等)との報告も国内外で多数報告されていました。このような状況を踏まえて、複数の慢性疾患を抱えた患者さんの患者手帳を統合する試みを始めることになりました。

このような地域連携に関する取り組みの経験を通して、必要な連携の在り方について、徐々に整理できるようになってきました。

 

垂直連携と水平連携――院内連携が重要に

医療の地域連携には、垂直連携と水平連携があります。垂直連携とは、急性期から回復期、社会復帰、そして在宅へと機能の異なる病院や施設間で実施する連携のことです。一方で水平連携は、病院内や病院同士、病院と薬局との医薬連携など、同じステージにおいて異なる機能を持つ領域が連携・併診・並走することを指し、病病連携や病診連携、医薬連携、医療・介護連携などが挙げられます。

 

たとえば脳卒中における連携は、急性期入院から回復期、社会復帰、在宅へと、患者さんのステージに合わせて垂直連携するのが基本です。しかし、精神疾患や糖尿病のように複数の慢性疾患を抱える患者さんを診るための連携には、垂直連携だけでは不十分であり、水平連携の必要性が意識できるようになってきました。中でも特に、医療・介護連携が重要だと考えています。

 

医療領域における水平連携は難しい課題ですが、次第に各地の病院で水平連携の実例も確認できるようになってきました。たとえば、主治医業務に加えてコンサルテーション業務も行う診療医を配置した病院や、多職種チームによる病棟のラウンド、糖尿病を専門とする医師による病棟コンサルテーションを行う病院などが挙げられます。診療報酬にも、がん緩和ケアチームや精神科リエゾンチーム(精神医療と身体医療の連携を担うチーム)などが評価されるようになってきました。ただし、水平連携はまだまだ広がり始めた段階であり、課題も多く残っているのが現状です。


持続可能な地域を目指すために慢性期医療機関が在るべき形

慢性期医療は今後、医療・介護連携や農福連携、まちづくりなど、公共施策の制度設計に、積極的に関与していくことが必要だと考えています。特に、2014年に医療介護総合確保推進法ができてからは、医療と介護の連携が重要視されてきています。

日本の医療領域は、地域ごとでの集住と交流を目指す「コンパクト・アンド・ネットワーク」の考え方とは独立して整備がなされてきました。そのため、同じ地域の医療機関が競合関係にある場合も少なくありません。ただし、各地域の取り組みを調べていくと、地域によっては連携が進んでいるところがあることも確認できるようになりました。今後は領域ごとの機能分化と各機能の連携だけでなく、地域ごとの将来的な医療ニーズを見据えた慢性期医療の在り方が求められていくものと考えられるようになってきました。

以下に、地域で実際に行われた対応の具体例をお話しします。

 

地域住民のニーズに合わせて病院の役割を柔軟に変化させた士別市立病院

士別市立病院は1954年に開設された病院で、もともと急性期病院として運営していました。しかし人口減少に伴い、入院患者や外来患者が減少してしまい、経営が厳しい状況に陥りました。

そこで病棟機能の見直しを行い、慢性期医療と地域連携を重視した運営へと切り替えることにしたのです。士別市の隣にある名寄市と連携し、急性期病院としての役割は名寄市の市立病院に任せました。つまり士別市立病院は、慢性期医療を中心にする病院へと転換する決断をしたのです。士別市の患者さんが急性期の場合は名寄市の病院に紹介し、回復した後に士別市立病院へと戻ってくる流れを作りました。

 

「余生を士別市で迎えたい」と考える住民のニーズに応えて地域で慢性期医療や看取りができるようにしたことで、病院の運営だけでなく、住民にとってもプラスになるような医療体制作りを進めた事例といえるでしょう。

 

機能分化と病院間連携により地域経済の好循環を生み出した日本海ヘルスケアネット

山形県庄内地域の13法人および団体が参加する地域医療連携推進法人“日本海ヘルスケアネット”は、急性期病院と慢性期病院の割り振りを行い、機能分化と連携を地域で推進したことで病院運営を好転させた一例です。1つの病院を急性期型病院とし、その他の病院に慢性期の患者さんを担ってもらう体制を整えました。両者が連携することで、地域の医療を支えています。

加えて、地域での機能分化と連携を推進したことで、公立病院・民間病院ともに収支も改善しました。地域での雇用も維持され、分析によると地域経済の好循環も作り出しています。人事交流も盛んで、公立病院から民間病院への医師派遣も行われています。

 

地域の課題と将来的な医療ニーズを捉えた形態変換を実践する国保すさみ病院

国保すさみ病院(和歌山県すさみ町)は、地域が抱える医療の課題や将来的な医療ニーズに着目した運営を行っている病院です。

もともとのすさみ町の課題は、時間外救急の受診患者さんが多いことでした。そこで公民館などで救急受診に関する講習を始めました。時間外救急を利用したほうがよいケースと、翌日に外来を受診すれば問題ないケースを住民の方が判断できるような教育を行ったのです。結果的に、救急対応が必要な搬送数に変化がない一方、コンビニ救急のような時間外救急の利用は減少しました。

このほか、ドクターカーを全国に先駆けて導入し、救急時に柔軟な対応ができるような体制を整えています。さらに、すさみ町の人口が減少の一途を辿っていることに着目し、将来の人口減少に備えて、時期がきたらサービス付き高齢者住宅を併設した無床診療所へと転換できる設計での高台移転計画が進められています。

地域が抱える医療の課題や将来的な医療ニーズに着目した運営を行っている病院の一例といえます。


ヘルスケア・フォーラムで地域医療に寄与する先進モデル紹介

持続可能な地域医療体制をつくるうえで、先述した各疾患で作られていた患者手帳による地域連携クリティカルパスのようなノウハウを共有し、交流する場所づくりの目的で、2012年に“軽井沢フォーラム”を開催しました。その後ヘルスケア・フォーラムと名称を変え、2023年現在まで毎年開催しています。

 

ヘルスケア・フォーラムでは、医療と社会基盤との連携を進めるうえで大切にするべき軸を2つ設けました。1つは“質の高い保健医療や福祉、介護を実施していること”、もう1つは“地域経済構造の好循環がみられること”です。2021年のフォーラムより、両方の軸を満たした取り組みが行われている地域を“医療と地域創生大賞”として表彰しています。紹介した3地域は、医療と地域創生大賞の受賞地域です。


持続可能な地域をつくるために大切なのは“互恵関係”

持続可能な地域をつくるうえで大切なことは、地域住民と医療の“互恵関係”だと考えています。ここでの互恵関係とは、医療機関と住民がお互いに“よりよい地域をつくる”という意識を育てながら情報を共有し合うことで、共に医療をつくっていくという関係性です。互恵関係は小規模な自治体で比較的築きやすく、近隣の医療機関と協力関係を築く地域や、かかりつけ医を持ち、時間外受診を控えることを市民の責務とする条例を制定する基礎自治体も出てきています。住民と医療が一緒に地域をつくるという意識を育むためには、市民と医療者が対話を通して信頼関係を構築し、情報を共有することが必要なのではないでしょうか。


持続可能な地域づくりを医療の面から支える伊藤先生の思い・取り組み

医療がまだ制度的に整備されていない時代、志の高い人物(スーパースター)が医療拠点を設けて先進モデルを構築していました。このモデルと同じような“拠点”が各地に点在するようになると、政府は補助金や診療報酬を新設して拡大を図ってきました。一定程度充実してくると、次は機能を連携でつなげる“線”の強化が進められるようになりました。さらに一歩進め、医療・介護連携を皮切りに、これからは地域全体を“面”で捉えるやり方が求められると考えています。

私は、持続可能な地域をつくるうえで医療ができる取り組み内容、効果、地域創生のポイントなどを体系化したロードマップの作成を進めています。そして医療の枠組みの中だけでなく地域全体での連携・統合を模索・実現していきながら、医療が地域で果たすべき役割を明確にしていきたいと思っています。

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