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北海道済生会が行う小樽ウエルネスタウン構想――大型商業施設を拠点に“誰もが住み続けられるまち”を目指す

北海道済生会 常務理事 櫛引 久丸さん

高齢化や人口減少などの問題を抱えてきた北海道小樽市。そのような小樽に暮らす全ての人々が、安心して長く暮らし続けられる“ウエルネスタウン”にするために、企業や行政と連携しながらまちづくりに取り組んでいるのが、済生会小樽病院などを運営する北海道済生会です。2021年には、まちづくりの拠点として大型商業施設に市民のための健康福祉ゾーン“済生会ビレッジ”を開設。2024年にはオープンから3年が経過し、年間3万人以上の人々が利用する場に発展しています。ウエルネスタウン構想を主導する櫛引 久丸(くしびき ひさまる)さん(北海道済生会 常務理事)に、小樽が抱える課題や済生会ビレッジの取り組み、今後目指すまちづくりについて聞きました。


観光都市からウエルネスタウンへ

小樽は海と山の豊かな自然に囲まれた魅力ある観光都市ですが、“坂のまち”としても知られていて、市民生活においては不便が多いのが現状です。住宅地は坂の中腹地に集積しており、特に高齢者や障害のある人にとっては気軽に外出できる環境ではありません。加えて小樽は豪雪地帯でもあります。そのため、雪が降るとデイサービスの送迎車を自宅前に停めることができず、平坦な場所に車を停めてからソリで利用者さんを車までお連れしないといけないこともあります。「小樽には住んでいたいが1人では住み続けられない……」と言って、仕方なく市外に住む子どもの家に引っ越す人もいらっしゃいます。小樽は深刻な人口減少が続いてきましたが、その背景にはこうした過酷な生活環境も一因としてあるでしょう。

小樽がより栄えていくためには、観光地としての魅力を向上させるだけでなく、市民生活の利便性を向上させることで、住民がいつまでも幸せに安心して暮らせるまちにしていく必要があります。そして小樽を訪れた人々に「よいまちだな」と思ってもらえれば、移住者も増えるかもしれません。医療・福祉サービスを提供する立場として、まちづくりにもきちんと向き合い取り組んでいく必要があるのではないか――そう考え、高齢であっても障害があっても安心して暮らし続けられるソーシャルインクルージョン*なまちを目指して “ウエルネスタウン”の構築に取り組むことにしました。具体的には、(1)医療・介護・福祉の拡充(身体・精神的ウエルネス)、(2)住民サービスの拡充と生活の利便性の向上(環境的ウエルネス)、(3)人口減少対策と安心・安全なまちづくり(社会的ウエルネス)の3つを掲げました。

*ソーシャルインクルージョン:社会的に弱い立場にある人も誰一人取り残さず、全ての人が地域社会に参加し、共に生きていくという理念


閑古鳥が鳴く大型商業施設の空きテナントに着目

ウエルネスタウンの拠点として選んだのが、小樽築港地区にある大型商業施設“ウイングベイ小樽”です。ウイングベイ小樽は全国屈指の面積を誇る大型商業施設ですが、地域の規模に対してはあまりにも大きすぎることから近年は空きテナントが目立ち、十分に活用されていない状況が続いていました。しかし、小樽築港地区は市内では貴重な広域の平坦地であり、駅や商業施設、住居などが密集する市民が集う生活の中心地です。そして、ウイングベイ小樽の施設内は全ての人が利用しやすいようにユニバーサルデザイン化されており、天候にも左右されません。また、警備員が配置されており、車の通行もないので認知症の人やお子さんが迷子になっても安心できるなど、ハード面の資源を多く持ち合わせていました。

そこに着目し「商業施設としてではなく地域インフラとして利用したほうが有効活用できるのではないだろうか……」と考え、ウイングベイ小樽で医療・福祉事業を行うことにしました。市民が集う生活の中心地で事業を展開すれば必要とする人へサービスを届けやすくなりますし、市民の認知度が向上するにつれて、“ソーシャルインクルージョン”の理念がまち全体に広まっていくのではないかと考えたのです。そして2021年、施設内1階の中心エリア(約1000m2)に市民のための健康福祉ゾーンをテーマに “済生会ビレッジ”をオープンしました。


マーケティング分析に基づき済生会ビレッジの事業を展開

済生会ビレッジでは、社会保障制度内と制度外のサービスを組み合わせて事業を展開してきました。制度内のサービスとしては、地域包括ケアセンター(居宅介護支援事業所、地域包括支援センター、訪問看護ステーション、デイサービス)や児童発達支援事業所“きっずてらす”など、制度外サービスには、ウエルネスチャレンジやちょこっと健診、フードバンクなどがあります(詳細は後述します)。

済生会ビレッジのオープン前年(2020年)、ここで具体的にどのような事業を展開していくべきなのかについて、私たちは徹底的なマーケティング分析を行いました。その結果、新たに設けた事業が、児童発達支援事業所“きっずてらす”です。私たちは医療・福祉サービスを提供しているものの、どうしても医療分野にばかり目が行き、福祉分野の細かなところにまで目が行き届いていない状況でした。そこで、私たちがやるべきこと/できることについて分析を深めていったところ、北海道済生会としてできるにもかかわらず、取り組めていない福祉事業がいくつもあることに気付きました。その中でも、子どもの発達支援は地域の課題解決に間違いなく必要不可欠な事業だと確信し、きっずてらすの開設に至りました。

地域包括ケアセンターは、もともと済生会小樽病院内にあったものです。一般市民にとって“病院”というのはできるだけ行きたくない場所でもあり、地域包括ケアセンターで行う各種サービスを必要とする人々にきちんと届けられていない課題を抱えていました。日頃から市民が行き交う場所にあることが望ましいと考え、移設をしました。

また、既存サービスをもとにした進化系サービスの開発も行いました。その1つが、デイサービスにショッピングリハビリテーションを取り込んだ “ウエルネスリハデイサービス”です。先述したように、小樽の住宅地は坂の中腹に集まっており、気軽に外出できない高齢者が多くいます。「買い物を楽しみたい」というニーズに応えるべく、買い物動作を細かく分析して訓練プログラムに落とし込み、介護保険サービスとして実施できる仕組みを整えました。

2021年から2022年にかけて経営基盤をつくったあと、2022年には新たな社会資源を創出していくことにしました。その具体例がフードバンクやウエルネスチャレンジです。フードバンクは、安全に食べられるにもかかわらず、包装の破損や印字ミスなどの理由で流通に出すことができない食品を企業から寄贈してもらい、必要としている人に無償で提供するものです。ウエルネスチャレンジは、子どもから高齢者まで全年齢層に向けた、運動による生活習慣改善プログラムです。“ウォーキングラリー”、毎日10分の好きな運動を取り入れる“健康チャレンジ”、子ども向けの“キッズチャレンジ”の3コースを用意しています。


3万人以上が利用する場に――価値連鎖の形成も

オープン以降、済生会ビレッジは多くの人に利用いただいており、利用者数はオープン翌年の2022年は約2万3,000人、2023年は3万5,000人にのぼりました。今年(2024年)も昨年以上に利用者が増えることが見込まれており、「ウイングベイ小樽にある済生会ビレッジに行けば、何らかの医療・福祉サービスが受けられる」と認知してくれている市民が増えている印象を受けています。利用者だけではなくボランティアも増えており、自ら何らかの団体を立ち上げて済生会ビレッジ内で社会貢献につながる活動をしている人々もいます。

価値連鎖(バリューチェーン)が形成できていることも3年間の活動の成果です。もともと商業施設が持つ“モノ消費”と“コト消費”という2つの価値から、私たちは “トキ消費”と“イミ消費”という価値につなげる取り組みをしてきました。トキ消費は“今この時の体験に対する喜び”に対する消費行動のこと、イミ消費は“ここに来る意味”に対する消費行動のことです。済生会ビレッジではウエルネスをテーマにさまざまなイベントを企画し、喜びや楽しみを体験する場としての価値をつくり出してきました。また、健康づくりに励んでみよう、ボランティアに参画してみよう、障害のある人たちを応援しよう――など、済生会ビレッジを利用する意味を見出してくれている人々が増えている実感もあります。


患者さんや職員を引きつける“マグネットホスピタル”に

済生会ビレッジでの取り組みは、済生会小樽病院の価値連鎖にもつながっています。たとえば、“ちょこっと健診”は病院の収益に大きな影響をもたらしました。“ちょこっと健診”は、健診チケットを済生会ビレッジの券売機で購入し、ウイングベイ小樽に隣接する済生会小樽病院で健診を受けていただくものです。健診内容は、ピロリ菌やメタボリックシンドローム、前立腺がんリスクなど、ご自身が気になる症状や病気に合わせて選択することができます。ちょこっと健診を開始後、済生会小樽病院の健診受診者数は年々増加し、さらに新規患者数も増加傾向にあります。

また、私たちの活動に注目して取り上げてくれるメディアも多く、試算では3年間で約2,000万円の広告効果を生み出すことができています。こうした成果は職員のモチベーション向上にもつながっており、済生会小樽病院への就職希望者も増えています。求人を出していないにもかかわらず「ウエルネスタウン構想に参画したい」と、就職を希望される人がこれまで30人ほどいらっしゃり、そのうち約20人を採用しました。済生会ビレッジの取り組みにより、済生会小樽病院は、患者さんや職員を引きつける“マグネットホスピタル”になりつつあると感じています。また、私たちの取り組みは全国済生会グループ内で“小樽モデル”として知られており、他院でもちょこっと健診の取り組みが始まるなど、事業の横展開も始まっています。


ウエルネスタウン構想の最終章――行政と連携した地区開発も検討

済生会ビレッジのオープンから3年を経て、ウエルネスタウン構想はいよいよ最終段階に突入しています。今は行政と連携をしながらエリアマネジメントに取り組んでおり、それができる人材育成にも注力しています。内部の経営戦略だけでなく、まちに飛び出して企業や行政と連携しながら新たな社会資源をつくるのはとても大変なことです。また、エリアマネジメントには資金が必要ですが、私たちはクラウドファンディングや日本財団の助成事業、経済産業省の実証事業などの公募に事業計画を出して採択されるなどして、3年間で1億を超える資金を調達することができました。

ウエルネスタウン構想は行政の共感も得られており、2023年には小樽市と“地域共生社会の実現に関する包括連携協定”を結ぶことができました。近々小樽市保健所がウイングベイ小樽に移設されることが決まっており、その後は小樽市総合福祉センターの移設も予定されています。さらに現在は、行政と共に小樽築港地区全体の地区開発も検討しています。北海道済生会としてはスマートシティ化*を推し進めていくつもりです。すでにAIなどの最先端技術を用いた2つの公益事業をすでに立ち上げており、2025年度から実行開始予定です。誰もが住みやすいまちづくりの実現に向けて、これからもチャレンジを続けていきたいと思います。

*スマートシティ:デジタル技術の活用によりインフラや施設の運営業務を最適化し、生活者の利便性や快適性の向上を目指す都市のこと。

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