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全ての人に価値がある――アガペ会におけるスピリチュアルケア

特定医療法人 アガペ会 理事長 涌波 淳子先生

年を重ねたり、病気になったりすると自分のことや過去のことに意識が向くようになり、不安や過去の出来事に対する自責の念が浮かんでくる人もいます。また、若くして病気になると、その事実をなかなか受け入れられず苦しむ人もいるでしょう。こうした自分ひとりで向き合うことが難しい“スピリチュアルペイン”と呼ばれる問題を抱える人に寄り添うのが“スピリチュアルケア”です。特定医療法人 アガペ会(以下、アガペ会)では、患者さんや療養者さん、そのご家族や職員に向けたさまざまなケアを行っています。アガペ会が実施されているスピリチュアルケアの具体的な取り組みについて、理事長の涌波 淳子(わくなみ あつこ)さんにお話を伺いました。


年齢や信仰に関係なく、思いに寄り添うアガペ会のスピリチュアルケア

死への恐怖や不安、つらさや寂しさ、自責の念といったさまざまなスピリチュアルペインに寄り添い、癒していくことをスピリチュアルケアといいます。誰もが、人生の中で何らかの苦しい思いを経験していることと思います。仕事や家事で忙しくしている間は生きることに精一杯で、嫌な思い出も傷も心の片隅に隠されているかもしれません。しかし、高齢になったり、病気になったりして仕事や家事から解放されると自分のことだけに意識が集中し、思い詰めたり、過去の思い出ばかりが浮かんできてしまったりすることがあります。その人が抱える思いに耳を傾けながら「あなたは大切な人であり神様と人から愛され生かされている」というメッセージを伝え続け、不安や自責の念を癒していくことがスピリチュアルケアであると私は考えています。

 

病院や施設では、“チャプレン”と呼ばれる人がスピリチュアルケアを担うことがあります。アガペ会では病院・クリニック、介護施設などの法人内の各施設に配属されたチャプレンがおり、患者さんや療養者さん、ご家族などへの個別対応を中心にスピリチュアルケアを行っています。当法人のスピリチュアルケアの一部をご紹介します。

 

戦争体験者の自責の念を癒し、周囲の関係を修復

当法人の患者さんや療養者さんの中には戦争体験者もおり、苦しい思いを抱えて生きている人もいらっしゃいます。

第2次世界大戦中、沖縄では学童疎開のため海に出た対馬丸という船が撃沈された“対馬丸事件”が起こりました。ある患者さんは当時、対馬丸のすぐ後ろの船に乗っていて、多くの子どもたちが「助けて」と叫びながら亡くなっていく姿を目の当たりにし「自分だけが生き残ってしまった」という思いをずっと抱いて生きてきました。チャプレンが患者さんに寄り添い「あなたは生きていて大丈夫、生かされている」と伝え続けるうちに、少しずつ抱えてきた思いが癒されていき、自責の念によってうまくいかなかった家族関係も改善していったようです。

 

若くして病気になった人が生きがいを見出せるようサポート

回復期リハビリテーション病棟には、若くして脳梗塞(のうこうそく)になった人や事故で半身不随になった人なども入院されます。そういった人たちは、年を重ねて病を抱えた人とはまた違った苦しい思いを抱えています。障害のある自分自身を認め、受け入れるのはとても大変なことです。ある患者さんは周囲へのやりきれない怒りを抱え、最初はチャプレンに対しても強い拒否感がありました。それでもチャプレンが地道に通い続けているうちに、患者さんは少しずつ心を開いてくれるようになりました。そしてチャプレンの言葉から自分自身の存在意義を見出し、看護、介護、リハビリテーションのスタッフたちによる愛の中で少しずつ自分を認め、新たな生きがいを見出していったのです。

 

信仰を問わない垣根の低いスピリチュアルケア

アガペ会はキリスト教をバックボーンとしているため、牧師がチャプレンを務めていますが、ケアの対象となる人の宗教は問いません。各施設で開催している“かりゆし会”という礼拝は、皆で歌を唄ったりチャプレンがメッセージを伝えたりしており、クリスチャンに限らずどなたでも自由に参加いただけるものです。

また、アガペ会の施設で亡くなった人へはご希望に応じて“お見送り式”も行っています。これはアガぺ会における最後のケアの1つとして、職員やチャプレンから闘病を終えられた療養者さんとそれを支えてこられたご家族の双方に「お疲れさまでした」と声をかけさせていただくもので、それぞれの信仰に合わせ、無宗教のものからキリスト教式のものまで用意しています。また、年に一度、前年度に亡くなられた方のご遺族の皆さんをご招待し、『偲ぶ会』を開催し、ご家族と職員がともに療養者さんの思い出を語りながら、それぞれのグリーフケア*の時を持たせていただいています。

*グリーフケア:大切な人を亡くしたことにより深い悲しみを抱えた人に対し、喪失による悲嘆から回復するためのサポートを行うこと。


全ての人の等しい幸せを目指して――理念を体現するチャプレン

アガペ会の理念である“アガペに生かされ、アガペに生きる”。アガペとは、全ての人がその人らしく幸せでいてほしいという神様の愛を表した言葉です。私たちは皆、誰かに支えられて生かされています。そのことを実感し、自らも他者の幸せを思い、支えることが“アガペに生かされ、アガペに生きる”ということだと私は考えています。しかし、重度の認知症や意識障害がある方は、快不快を含め自らニーズを発することができず、寝たきりの状態で、ただ受け身でケアを受けているだけとなります。そのような時に、“全ての人に価値がある”という思いを持って関わっているチャプレンの姿は、忙しい現場スタッフたちに、一人ひとりが大事な存在だということを思い出させてくれます。

私たちは、目の前にいる療養者さん、利用者さん、そのご家族、職員、職員のご家族、地域住民の皆さん――全ての人が同じように幸せに生きられることを目指しています。そしてこの理念を実践しているのがチャプレンです。彼らは療養者さんや利用者さんだけでなく、そのご家族やご遺族の悩み・苦しみに対してのケアを行うこともあれば、家族関係や生き方に悩んでいる職員に寄り添い、心の相談室として機能することもあります。このように当法人のチャプレンたちは、全ての人の幸せを思い、そして支えることで私たちの理念を体現する大切な役目を担っているのです。


これからの医療・ケア――全員が尊重される現場に

医療やケアの現場は、労働人口が徐々に減ってきている一方でやるべきことは増え、非常に忙しい現場になっているという現実があります。このような状況のなかでも患者さんや療養者さんに寄り添い続けるためには、医療やケアを提供する側にも、自分自身の声を聞いてもらえる場があり、かけがえのない存在なのだと実感できることが大切だと私は考えます。認知症ケアで提唱されている“パーソンセンタードケア”は、患者さんや療養者さんを中心とした医療やケアを行うことだと思われがちです。しかし私は、医療やケアに関わる人を含めた全ての人が「自分は価値のある存在であり、大切にされている」と実感できる社会であってほしいと願っています。これこそが本来のパーソンセンタードケアであり、これからも医療やケアを提供し続けていくうえで大切なことだと思います。

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