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全ての人が安心して過ごせる未来を守る――山田 悠史さんが高齢者診療の道に進んだ原体験、現場でのやりがい

マウントサイナイ大学病院 老年医学・緩和医療科 アシスタントプロフェッサー 山田 悠史さん

高齢化社会が進む現代、高齢者特有の問題に専門的に向き合える医師が求められています。しかし、老年医学や高齢者診療を専門とする医師の数は少なく、その需要に反しています。今回は、アメリカ合衆国・ニューヨークにあるマウントサイナイ大学病院 老年医学・緩和医療科でアシスタントプロフェッサーを務める山田 悠史(やまだ ゆうじ)さんに、老年医学の道に進まれたきっかけや高齢者診療の現場で感じるやりがいなどを中心にお話を伺いました。


診療姿勢の原点――今も追い続ける父の背中

私の医師としての原点には、村でたった1人の医師として、地域の人たちの診療にあたっていた父の姿があります。夜中でも早朝でも、電話がかかってくれば、患者さんを助けるために父はすぐさま家を飛び出して行きました。けがであれ病気であれ、何かあれば患者さんの元に駆けつける父の後ろ姿を、物心ついた頃からずっと近くで見てきました。父の医療に対する思いがどのようなものだったのか、直接聞いたことはありませんが、このような父の姿を見ているうちに、自然と今の私の診療姿勢が築かれていったのではないかと思います。

医師になってから、父が長年にわたって診ていた患者さんからお話を伺う機会があり、「薬をもらわなくても、先生の顔を見ただけで病気がよくなる気がします」という言葉を複数いただきました。医師と患者さんの信頼関係としてこれ以上のものはないと思いますし、素晴らしい褒め言葉だと感じます。この話を伺ったのは、私が医師になったばかりの若い頃のことです。やはり父にはかなわないと思うと同時に、父のような医師を目指したいと思ったものでした。

父は私にとって越えられない壁ではありますが、追いかけ続ける目標があるのは幸せなことだと感じます。


老年医学の道に進んだ原体験――年齢で一括りにする治療に覚えた違和感

私が老年医学の道に進んだのは、日本の病院で働いているときにふと覚えた違和感がきっかけでした。治療方針を決めるカンファレンスの中で、「85歳だから、この治療はもうやらないほうがよい」と、患者さん自身の状態ではなく年齢で区切って結論づけられることが多々あったのです。

しかし、実際には同じ85歳であっても、自身の足で歩ける人もいれば、寝たきりで動けない人もいます。他者との身体的な共通点は生まれたときがもっとも多く、年齢が上がれば上がるほど共通点がなくなっていき、個人差が広がるといわれています。ですから、85歳ともなれば、年齢による身体的な共通点はそう多くはないものと考えられます。状態がまったく異なる人たちを年齢だけで一括りにして治療方針を決めることは、生物学的に正しいのだろうかという違和感を何度も抱いたのです。

エイジズム(年齢差別)は医療従事者の中でこそ大きいという指摘もあります。しかし、当時の私はその違和感について理路整然と説明できず、カンファレンスで反論することができませんでした。うまく伝えられないというもどかしさがあったからこそ、老年医学について学びたいというモチベーションにつながったのです。


老年科医としてのやりがい――全ての人の未来を守る

現在私のもとで老年科を受診されている患者さんの多くは、それまでは各病気の専門科に通院されていらっしゃいました。その病気を専門とする医師に診てもらい、それはそれで安心だったかとは思いますが、巡り巡って老年科にたどり着き、ようやく自分に合った医療に出合ったのです。患者さんが喜ばれている場面に何度も立ち会うことができ、老年科に携わってきて本当によかったと思います。

老年科医として働くということは、年齢を重ねた患者さんの最終局面まで伴走するということです。さまざまな経験をされてきた患者さんと、人として向き合い話す機会を持てるので、医師である前に人間として学ぶことも多く、診療では日々やりがいを感じています。

多くの患者さんが、元気の秘訣は「あまり悩まず楽観的に生きてきたこと」とおっしゃいます。90年生きてきた人から伺うとやはり重みが違うと感じます。また、「これといった趣味がないのです」と100歳を超える患者さんにこぼしたところ「趣味なんて仕事を引退してから見つけるもの」という言葉をかけていただきました。100歳の人に自分の生き方を肯定してもらうと、背中を押してもらったような気持ちになります。医師の私が患者さんを支えているようでいて、実は私のほうこそ支えられているのではないかと思うのです。

このように、老年科医は人間として学ぶ貴重な機会を得られるという意味でもやりがいのある仕事です。また、将来的には子どもも含めて誰もが高齢者になります。そのため、老年科医は全ての人が安心して過ごせる未来を守る重要な仕事だと思っています。

しかし、高齢化社会による需要は多いものの、老年科医の数はまだ十分とはいえない状況です。日本には小児科専門医が16,000人ほど(日本小児科学会認定、2022年時点)いる一方で、老年科専門医は1,500人ほど(日本老年医学会認定、2018年時点)しかいません。

子どもには子ども特有の問題があり、そのために小児科医がいるように、高齢者には高齢者特有の問題があります。それに対応できる専門の医師がいることが大切だと考えますが、実際にはその重要性すら認知してもらうのが難しい状況です。まずは老年医学という領域が存在することを多くの人たちに知ってほしい――。そのような思いを抱きながら、日々診療や研究に臨んでいます。


どこにいても安心して生活できる社会を――山田さんの考える理想の高齢者診療

私が理想とする世界は、どこに住んでいても人が年齢に関係なく安心して生活できる世界です。

国内においては老年医学に携わる医師の数に地域差があります。この課題を解決するには、単に老年科専門医の数を増やすだけでは難しいでしょう。若手医師はもちろん、内科や外科などほかの診療科に従事する医師にも老年医学に興味を持ってもらえるよう、楽しく診療している姿を見せていきたいと思っています。

さらに、世界的には高齢者診療を専門とする医師がいない国もあり、国によって医療の質に格差が生じています。このような格差も是正していきたいと考え、近年はカンボジアやベトナムなど東南アジアにも足を運び、老年医学の教育に力を入れています。


キャリア形成を考える医師に向けて――老年科医は活躍できる場が多く、やりがいもある

私はこれまで、進む道に迷ったときはワクワクするほうを選択すると決めてキャリアを重ねてきました。どの道を選んでもよい面と悪い面があると思いますが、ワクワクする方向に進むと後悔の感情が生まれにくいということが経験的に分かってきたためです。

お伝えしたように老年医学の知識を持つ医師はまだまだ少なく、需要と供給が合致していません。そのため、老年医学の道に進めば、引く手あまたの存在として求められることが多いでしょう。活躍する場が多く、やりがいも感じていける分野ですので、少しでもワクワクすると感じたら老年医学の道に飛び込んでいただきたいと思います。一緒に高齢者診療を発展させていきましょう。

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