イノベーション 2019.04.10
介護との出会いから人工知能『MAIA』開発まで−岡本茂雄氏のあゆみ
元 株式会社CDI 代表取締役社長 岡本茂雄氏
介護を必要とされる方の自立支援を目指すケアデザイン人工知能『MAIA*』。株式会社CDIを創立し、米シリコンバレーのActivity Recognition, Inc.(以下、AR社)と共同でMAIAを開発された岡本茂雄氏は、まだ世の中に「介護」という言葉もない時代から、その可能性を信じ、一貫して介護の分野に携わっておられます。介護分野に出会うきっかけやMAIA開発までの経緯について、お話を伺いました。
*©Activity Recognition, Inc.
※2019年4月25日を以って、岡本茂雄氏は株式会社CDI 代表取締役社長を退任しました。
介護分野との出会い
まだ「介護」という言葉もない時代。在宅医療の調査に赴く
1983年に大学を卒業後、化学製品の製造・販売を行う株式会社クラレに就職し、主に抗がん剤や人工臓器の開発などを担当していました。そのなかで、上司から「これからの時代は、在宅医療や介護の分野が大きく伸びる」といわれ、調査の任命を受けました。
しかし、当時の日本にはまだ在宅医療に携わる人々はほとんどおらず、ましてや「介護」という言葉もありませんでした。少ない手がかりを頼りに調べたところ、東京都神経科学総合研究所*で、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんを自宅で診療するサービスを実施していることを知りました。すぐさま電話でアポイントメントをとりつけ、「在宅医療について知りたい」と伝えました。
*2011年4月に、東京都神経科学総合研究所、東京都精神医学総合研究所、東京都臨床医学総合研究所は統合され、「東京都医学総合研究所」として研究支援活動を続けている。
在宅医療の現場をみて「介護は絶対に重要な分野だ」と直感した
当日、担当の木下安子先生に初めてお会いすると、単刀直入に「きっと話だけを聞いてもお分かりにならないと思います。今からうちの看護師が患者さんに会いに行きますから、同行されたらいかがでしょう」とおっしゃいました。
実際に現場をみてみると、まさに百聞は一見に如かず。在宅医療という分野に、衝撃を受けました。そこで看護師が行っていたのは、医療という枠組みを超え、幅広く患者さんの生活を支えるもの、今でいう「介護」そのものだったのです。そのとき私は「この分野はこれから絶対に重要だ」と直感し、自分の時間をつぎ込もうと決めました。
クラレで介護ショップの開設・運営を担当
それから、介護分野について知ろうと思い、東京大学の橋本廸生先生のもとを訪れました。そこで、東京大学とホーム・ヘルスケア・システム研究会を発足し、介護に関するさまざまな勉強を行いました。
しばらくして、クラレで介護関連の店を出すことに。しかし、当時は「介護」という言葉さえない時代ですから、みんなに理解してもらうことから始めようと思い、「車椅子からオムツまで」とキャッチフレーズをつけて、活動を開始しました。
偶然か必然か、これまで一貫して介護にかかわっている
地道な努力が実を結び、徐々に介護ショップ事業は軌道に乗り始めました(とはいえ、黒字化するまでに3年以上はかかったのですが)。一方で、「介護」が新しい分野として世の中に浸透し始めました。そんな社会の流れも相まって、当時、私はまだ26歳の若造でしたが、1年間に38回もの取材を受けました。それくらい、この取り組みが社会の流れと合致していたのだと思います。
「いつから介護の世界にいるのですか?」と、よく聞かれます。
偶然か必然か、私は社会人になってすぐ介護という分野に出会い、今まで36年間*、一貫して介護にかかわる仕事をしています。ですから、質問に対する答えはシンプルで、「ずっとこの世界にいますよ」ということになりますね。
*2019年2月時点
株式会社CDI創設、ケアデザインAI『MAIA』開発に至る経緯
介護保険の施行と共に、ケアプランに関する議論が活発に
2000年に介護保険が施行され、ケアプランという概念が初めて生まれました。当時、旧厚生省では「どのようなケアプランを行うべきか」という議論も活発に交わされており、実際に特養(特別養護老人ホーム)でケーススタディを行い、プランを作成するという流れがありました。
「よいケアプラン」を見つけるべく、ケース・コントロール研究を実施
しかし、私は「そもそも、よいケアプランとは?という問いに対する答えをみつけ出さない限り、適正にケアプランを作成することは難しい」と考えていましたので、旧厚生省の関係者に議論を持ちかけました。そこから、旧厚生省の協力を得て、被介護者への声かけに関するケース・コントロール研究(症例対照研究)を実施しました。
ケース・コントロール研究では、さまざまな驚きがありました。たとえば、行動を促す誘導の声かけを増やしたところ問題行動が起こりやすくなったり、一方で、雑談(だと私が思っていた)を含むコミュニケーションを増やしたところ、結果的にADLが改善されたりしました。
2015年、スタンフォード大学と「介護×AI」の共同研究を計画
2015年5月、オバマケアを学ぶためにアメリカのスタンフォード大学を訪れました。そこで、オバマ政権が推進する医療保険制度改革のなかでAIがかなり機能していること、さらに現場の医師たちが精力的にAI事業を起こしていることを知り、たいへん刺激を受けました。「そうか。AI事業は、現場からつくるものなのか」と、妙に納得したことを覚えています。
私は、日本の介護分野には膨大なデータがある*ため、AIを活用すれば、これまで人類が築いたことのない「自立支援型の医学と行動心理学が融合したケアプラン」が構築できるはずだと考えていました。
そこで、会議で出会ったスタンフォード大学のAI研究者、グイド・プジオール博士に共同研究を提案すると、「素晴らしい!」と大いに賛同してくれました。時間を経ずしてスタンフォード大学との共同研究がスタートし、その機敏さには驚いたものです。
*日本は公的介護保険制度が充実しており、要介護者の状態に応じて7段階で上限金額の異なる保険給付が行われる。この要介護度認定に際し詳細な検査が実施されることから、膨大なデータが存在する。
株式会社CDIを立ち上げ、MAIA開発へ
共同研究のなかではたくさんの発見がありました。たとえば、同じADLの方でも、進行性疾患と慢性期疾患では異なる自立支援プランをAIが弾き出してきたことがあります。
手応えを感じた私は、介護×AIを日本の制度に乗せてみようと思い、さらにグイド博士からの「スピードを速めるため、介護AIの会社をつくってください」という声もあって、株式会社CDIを立ち上げ、MAIA開発に至りました。
*次の記事では、MAIAとその実証開発についてご説明します。