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人生の最終段階を支える終末期医療――ナラティブホームの事例

医療法人社団 ナラティブホーム 理事長 佐藤 伸彦先生

高齢者の死を病院で看取ることが当たり前だった時代に「人の死を生活の中に戻したい」という思いで作られたナラティブホーム。開設から約10年が経ち、2020年には地域の人々が自由に集まれる開放的な場所として「ものがたりの街」がオープンしました。人生の終末期医療において大切なこととは――。今回は、医療法人社団 ナラティブホーム(富山県砺波市) 理事長を務める佐藤 伸彦(さとう のぶひこ)先生に終末期医療のあり方や実践についてお話を伺います。


ナラティブホームにおける終末期の医療

認知症の方の声を聞き、一緒にものがたりを作っていく

ナラティブホームで診ている方の中には認知症の方が多くいらっしゃいます。私自身が神経内科を専門にしていることもあり、認知症ケアには力を入れています。認知症の方は幻覚や妄想などの症状によって、患者さんの中で“ものがたり”が変わっていきます。しかし今見ている景色は、その方にとっては立派なものがたりです。私たちは患者さんの言葉を聞きながら、今のものがたりに寄り添い、それを一緒に作っていくことをとても大切にしています。

 

嚥下や栄養面でのケア

嚥下(えんげ)機能(食べる・飲み込む機能)や栄養面に対するケアも重要視しています。ナラティブホームが運営するものがたり診療所では、私と管理栄養士、言語聴覚士(ST)がチームとなり「だんだん弱り・ごっくん外来」という嚥下外来を行っています。食事の際にむせるのが少し気になるという場合でも、ご相談いただければSTが嚥下機能を丁寧に評価しています。訪問看護では全ての患者さんに対して簡単な栄養評価をしていて、体重減少がみられた場合には管理栄養士がすぐに介入します。

 

また、私たちは患者さんの「口から食べたい」という意思をできるだけ尊重するようにしています。誤嚥を起こしにくくする体勢で食事をする完全側臥位(かんぜんそくがい)法*でも経口摂取が難しい場合には、外部から医師に来ていただき誤嚥防止の手術をすることも可能です。声帯の上の部分を閉じてしまうので声は出せませんが、この方法で亡くなる直前まで食事をする方もいらっしゃるのです。

 

*完全側臥位法:首の側面が真下になるようベッドの上で横向きに寝転び、体がくの字になるよう腰を曲げた姿勢。

 

イメージ:PIXTA


ものがたり付箋――何を思い、何がしたいのか

私たちが行っている特徴的な取り組みが「ものがたり付箋」です。患者さんの言葉をそのまま付箋に書き、ホワイトボードにどんどん貼っていきます。「頭が痛い」と訴えていたら、その言葉を付箋に書いて貼る。「家に帰りたい」とつぶやいたら、それもホワイトボードに貼り付けます。こうして患者さんが発した言葉をスタッフみんなで眺めていると、患者さんの思いや望みがみえてくることがあるのです。

 

この取り組みを始めたのは、患者さんの言葉を勝手な解釈で捉えるのをやめるためです。言葉をどう解釈するかは人によって違います。そしてその解釈の仕方によって、その方のものがたりは変わってしまうのです。そのよい例が医学でよく行われる症例報告ではないでしょうか。症例報告は、さも患者さんのストーリーかのように発表されますが、実際は患者さんのデータや言葉から発表者が一部ピックアップして作り上げただけのものに過ぎません。それは患者さんのものがたりではありません。

 

患者さんは何を思っていて、何がやりたいのか――。それを知るためには、ご本人が放った一つひとつの言葉を、ひたすら付箋に記録していくのがよいと考えました。頭で考えようとせず、それを眺めていることでどういうケアをすればよいかが少しずつ見えてきます。そしてそれが、本来のACP(Advance Care Planning)*につながるのだと思います。

 

*ACP(Advance Care Planning):将来の医療およびケアについて、 本人を主体に家族や医療チームが繰り返し話し合い、本人による意思決定を支援するプロセスのこと。

 

ものがたり付箋


人生の最終段階における医療で大切なこと

終末期の患者さんに接する時に大切なのは“寛容性”だと考えています。長年、多くの経験をしながら生きてきた人々は、それぞれが多様な考え方を持っています。中には、到底受け入れられないような考えを持つ人もいるでしょう。それをいかに許容していくのがよいかを考え、寛容性を持ってケアにあたって欲しいと、いつもスタッフには言っています。

 

ただし寛容であることは、相手の考え方をそのまま受け入れることではありません。自分には絶対にその考えを受け入れられないそのことを認めたうえで、それでもその人の考えについていきケアすることです。自分がよかれと思ってケアをしても、かえって患者さんにつらく当たられてしまうことは多々あります。心の優しいスタッフほど、その状況に自分自身を責め、相手の考えをそのまま受け入れようとしてしまうのです。しかし、その必要はありません。自分と他人が違う考えを持っているのは当たり前のことなのです。絶対に受け入れられないと認めたうえでケアにあたることは、とても大切なことでしょう。

 

以前、若い乳がんの患者さんで、西洋医学を一切拒否し、独自の民間療法を行っている方がいらっしゃいました。医師として患者さんの選択は受け入れられませんでしたし、そのこともしっかりお伝えしました。しかし、亡くなる直前に痛み止めを処方するまで、私たちは患者さんが望む民間療法のケアを提供し続けました。

医療は医学の社会的な実践の行為であり、医学的に正しいことを提供すれば全員が幸せになれるわけではありません。医療において正しさばかりを追求しても逃げ場がなくなって苦しくなってしまいます。寛容性を持ちながら、医学的な正しさと医療の成功は違うことを認識することも終末期にある患者さんを診るときに大切しています。

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