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リハビリの徹底、慢性期重症治療病棟の重要性――武久洋三先生が訴え続けたこと【会長退任記念講演会・前編】

平成医療福祉グループ 会長 武久 洋三先生

良質な慢性期医療がなければ日本の医療は成り立たない――。2008年に日本慢性期医療協会の会長に就任した武久 洋三先生(平成医療福祉グループ会長)が提唱し続けてきた言葉です。14年間にわたり務めた会長を退任するにあたり、第47回通常総会後に退任記念講演会(2022年6月30日:The Okura Tokyo)が行われました。前半では、日本の慢性期医療を先導してきた立場として、これまでに提言されてきた内容についてお話しされました。その内容をダイジェストでお送りします。

 

※後編はこちらをご覧ください


療養病床の変遷

2000年の第4次医療法改正において、従来「その他の病床」(精神病床・感染症病床・結核病床に該当しない病床)とされていた病床が「療養病床」と「一般病床」に区分されることになりました。しかし、病床面積6.4m2以上、廊下幅2.7mをクリアできなかった病院は、実際には慢性期の高齢患者がほとんどであるにもかかわらず、一般病床としてしか届出ができませんでした。そのため、結果的に療養病床の約3倍もの病床が一般病床とされたのです。さらに厚労省は一般病床=急性期病床とみなしてきたために、実態にそぐわない“なんちゃって急性期”が世に溢れる形となりました。

 

2006年度の診療報酬改定では、療養病床に医療区分*が導入されました。医療区分で軽症とみなされる患者さんを入院させ続けることができなくなり、それまで“社会的入院”と呼ばれていた患者が療養病床から姿を消したのです。そして、療養病床の現場が重症患者を積極的に受け入れるようになりました。これは当時の厚労省保険局・医療課長であった麦谷 眞里氏の名にちなんで「麦谷ショック」と呼ばれています。この強烈でパンチのある、言うなれば“ショック療法”は、療養病床を持つ病院経営者に対し、医療者としての良心を呼び起こす大きな役目を果たしたといえるでしょう。

 

*医療区分:医療必要度を評価するために、病気や状態、医療処置などによって3段階に分類したもの


LTAC(長期急性期)必要性の訴え――地域包括ケア病棟の誕生

私はアメリカの医療事情を学ぶために2011年、岡田 玲一郎先生(前社会医療研究所 所長)と北米視察に行きました。そこで目にしたのが、当時アメリカで急増していたLTAC(Long Term Acute Care:長期急性期)病院です。定義は「複数の合併症を抱え、重篤で長期入院が必要な医学的に複雑な患者に、専門性の高い急性期医療を提供する病院」とされています。帰国後、私は日本版LTCAを創設すべきであると訴え続けてきました。

 

そして2014年、日本版LTACともいえる「地域包括ケア病棟」が誕生しました。地域包括ケア病棟には(1)急性期からの受け入れ(2)在宅・生活復帰支援(3)緊急時の受け入れ――の3つの役割があります。アメリカのLTACは、高度急性期(STAC)から一方通行でしか患者を受け入れません。対して地域包括ケア病棟は、高度急性期からの受け入れに加えて、在宅や施設で急性増悪した患者を受け入れる役割も持ちます。すなわち、アメリカのLTACより上をいく形となったといえるでしょう。

 

地域包括ケア病棟の誕生によって、ほかにも私が訴えてきたことが実現する形になりました。1つは病床面積によって診療報酬に差がついたこと。それまでは広い4人部屋で入院しても、狭い8人部屋で入院しても入院費が同じでしたが、それは公序良俗に反することだと声を上げてきました。

もう1つ、地域包括ケア病棟ではリハビリテーション(以下、リハビリ)が包括算定*になったことです。20分未満の短時間リハビリや集団リハビリなど、患者一人ひとりに合ったリハビリの提供ができるように、出来高算定から包括算定へ変えるべきだと訴え続けてきました。地域包括ケア病棟では1日平均2単位(40分)以上のリハビリが、入院料に包括算定される仕組みとなっています。

 

*包括算定:行われた診療行為の点数を加算(出来高算定)するのではなく、1日あたりの決められた入院料に含めて計算すること


徹底すべきは嚥下・排泄のリハビリ

リハビリで何よりも優先すべきことは、人間の基本能力である摂食/排泄(はいせつ)の機能改善に向けたリハビリです。平成医療福祉グループでは、歯科衛生士を各病棟に1人以上配置して、歯科衛生士による口腔(こうくう)ケアを実施しています。当グループで、嚥下(えんげ)障害に対する摂食嚥下訓練(平均2.7単位/日を1か月実施)の効果を検証したところ、経管栄養は39例から16例まで減少し、口から食べられるようになりました。膀胱(ぼうこう)直腸障害に対するリハビリについても、日中・夜間のオムツ使用率が大きく減少する効果がみられています。

 

この結果とともに、リハビリの効果と必要性を提唱していた最中、2016年に「排尿自立指導料」が新設されることになりました。摂食嚥下機能回復のケアについても、診療報酬の改定ごとに評価されてきています。患者にとってよいと思われるケアはどんどん実践し、その実績を国に示していく姿勢が大切なのです。


自由なリハビリ提供体制を

リハビリに関して主張してきたことは▽回復期に主に行うことではない▽出来高ではなく入院費に包括されるべし▽量ではなく質で評価すべし――の3点です。しかし残念ながら、いまだ十分に変わっていないのが現状です。

 

たとえば、疾患別リハビリテーション料。病気によってリハビリ料が異なる仕組みですが、同じことをしていても診療報酬に差が生じるのはおかしいのではないでしょうか。またリハビリの算定要件は、療養士が患者に対して1対1で「個別療法」を行った場合とされていますが、リハビリは療養士だけが行うのではありません。医師や看護師、介護士などを含めた多職種がチームで実施します。

 

またリハビリテーションは、必要なときに必要なだけ提供し、病態の改善を第一に考えるべきです。それにもかかわらず、たとえば脳卒中のリハビリは、発症1か月後も6か月後も、1日9単位(3時間)が上限とされていて、それ以上行うことはできません。脳卒中は急性期のうちに集中的なリハビリをしなければ、強い麻痺(まひ)が残る恐れがあります。発症後2週間が経過して症状が落ち着いていれば、毎日20単位(約6時間)以上のリハビリを行うのが望ましいと考えています。

 

リハビリは決して特別な分野ではなく、どんな病棟でも必須の技術です。良質なリハビリができれば、短期間の入院で症状を改善させることができるのです。そのため、より高い確率で早期に日常生活に戻れる病院に患者は集中します。リハビリ力のない病院は評価されなくなるでしょう。


軽視してはいけない低栄養や脱水

人間は栄養・水分が不足すると生きていけません。入院中、食欲が落ちている状態で自分の嫌いな食べ物ばかりが出てくるとますます食欲は落ち、やがて低栄養、体重減少、体力・免疫力の低下を招きます。医学的治療はとても重要ですが、栄養と水分が不足すると病状はどんどん悪化します。さらに投薬による胃腸障害も表れるため、どんな病気でも体力・免疫力は最低限必要です。栄養と水分の適切な投与は、治療のための第一歩として考える必要があるのです。

 

しかし、急性期病院では主病の治療に傾注するあまり、十分な栄養ケアがされていないことも多いです。実際に、急性期病院から転院してきた患者の多くが、脱水や低栄養、電解質異常、高血糖などの異常を多数抱えていることを示した調査があります。さらに、紹介状にこれらの異常を記載していた病院はたった7%ほどで、血液検査の異常値を示して注意を促していた病院はわずか1%でした。そのため慢性期病院では、低栄養や脱水などの症状に対して医学的治療だけでなく十分なリハビリを行い、早期在宅復帰を目指すことが重要です。


新しい病院内施設「SNW」の提唱

2014年に制度化された「地域医療構想*」によって、2025年に向けた大幅な病床削減が決定しました。介護施設や在宅などへの移行が必要となる約20万人分の居場所を新設する必要がありますが、それには莫大な資金と時間がかかります。そこで私は2015年の日本慢性期医療協会・定例記者会見において、削減された病床を「病院内施設(SNW:Skilled Nursing Ward)」として活用することを提案。病院での治療後に後遺症として障害が残ったり、自立した生活ができなかったりする患者にSNWに移行してもらえばよいのではないかと考えました。施設長は医師ではなく特定看護師にすれば人件費の削減にもなりますし、病院内施設のため常に医師がいる安心感もあります。この訴えが届いたのか、2018年には医療・介護・住まいの3つの機能を併せ持つ「介護医療院」が誕生しています。

 

*地域医療構想:団塊の世代が75歳以上になる2025年に必要となる病床数を医療機能ごとに推計した上で、病床の機能分化と連携を進めて、効率的な医療提供体制を実現する取り組みのこと


慢性期病院も重症・救急患者の受け入れを

慢性期病院は、単に患者を療養させるだけの病院ではありません。生命の危機にある重症者をきちんと治療し、多くの患者を軽快退院させていることにもっと自信を持つべきです。高齢化に伴い慢性期医療のニーズが高まることは明らかでしたが、国は病床数を増やさないという方針を示していました。そこで、私は急性期治療機能を持った「慢性期重症治療病棟」の必要性を長年にわたり訴え続けてきました。2005年には安藤 高夫先生(医療法人社団 永生会理事長、前衆議院議員)が「慢性期救急」という言葉を初めて提唱されています。

これからは救急を2極分化していく必要があります。本来の重症緊急救急患者は「高度急性期病院」で、軽中度の緊急処置が必要な高齢患者や手術の必要のない患者については「地域多機能病院」で受け入れるべきです。慢性期病院の先生には、救急の受け入れは到底できないと考える方もいるかと思いますが、どんな病院であっても、正当な理由なく救急患者を拒むことがあってはなりません。慢性期病院が救急を担うことによって、救われる患者は果てしなく存在するのです。

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