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チームで取り組む在宅経口摂取支援――ご家族の不安に寄り添った支援で再び“食べる”喜びを

渓仁会真駒内在宅クリニック 言語聴覚士 佐賀 友美さん

高齢化が進行する日本では在宅医療のニーズが高まっています。住み慣れた地域で自分らしく毎日を過ごしていくことは多くの人々の願いでしょう。札幌市南区にある渓仁会真駒内在宅クリニックは、同じ渓仁会グループが提供する保健・医療・介護・福祉サービスと連携しながら総合的な訪問診療、訪問リハビリテーション(以下、訪問リハビリ)を積極的に行っています。言語聴覚士による在宅での支援にも力を入れており、病気などによって長い絶食期間を経た利用者さんに対しても、「食べたい」という思いに寄り添ったリハビリを実践しています。今回は約6か月の絶食期間を経て再び口から食べられるようになった利用者さんへの支援内容、食事再開に至ったポイントなどを、同クリニックの言語聴覚士である佐賀 友美(さが ともみ)さんに伺います。

 

*言語聴覚士:言葉でのコミュニケーションや食べることが難しい人に対し、問題の程度や発生のメカニズムを評価して訓練・指導を行う専門職。


渓仁会真駒内在宅クリニックで行う訪問リハビリ

渓仁会真駒内在宅クリニックは、同渓仁会グループの定山渓病院から訪問診療と訪問リハビリを引き継ぐ形で2022年に開院しました。慢性期特有の病気を診てきた経験を持つ医師のほか、理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)といったリハビリスタッフ、相談員である社会福祉士が在籍しており、神経難病・脳血管疾患・整形疾患・認知症など幅広い病気に対応しています。クリニックの特徴の1つは、利用を始める前にリハビリの必要性や目標の共有といった評価(アセスメント)を行っていることです。また、訪問診療も行っているため、外来受診のために来院いただく必要がなく、自宅にいながらスムーズに訪問リハビリを開始することができます。札幌市南区では、訪問リハビリに対応可能な専任の言語聴覚士の数がまだ少ないのが現状です。そうしたなか、当クリニックには言語聴覚士が専従2人、病院との兼務3人在籍しており(2024年1月時点)、食べることや話すことの訓練を訪問リハビリでしっかりと支援できる体制が整っています。

訪問診療や往診は、事業所所在地から16km圏内の地域が対象と定められています。“札幌の奥座敷”といわれる定山渓にある定山渓病院は市街地からは少し離れているため、これまでは訪問リハビリで対応できる地域が限られていました。札幌市南区の中でも豊平区、中央区に近い住宅街である真駒内の地に当クリニックを開院したことで、訪問リハビリで対応できる範囲が広がりました。南区のほか、豊平区の一部、中央区の一部にまで訪問診療や訪問リハビリの提供が可能となり、南区同様に言語聴覚士が不足している豊平区や中央区までカバーできるようになりました。


6か月の絶食期間を経て好きなものが食べられるように

当クリニックでは、長い絶食期間後の利用者さんに対しても積極的に在宅での経口摂取(口から食べること)支援を実施しています。過去2年間、絶食状態で訪問リハビリを開始した5人のうち5人全員が量や形態に差はあるものの再び経口摂取ができるようになりました(2024年1月時点)。絶食期間は利用者さんによって異なり、半年から3年間とさまざまです。その中の1例をご紹介します。

脳血管障害で入院されていた80歳代の女性で、口から食事を取っていない絶食期間は約6か月間ありました。もともと食べることが大好きな方です。ご家族の「少しでも口から食事を取らせてあげたい」という強い希望により訪問リハビリを開始し、経口摂取の再開を目標に設定しました。訪問リハビリ開始時のチームのメンバーは、ケアマネジャー・訪問診療の医師・訪問看護師・言語聴覚士・作業療法士です。その後、経口摂取の再開に伴って訪問歯科診療や訪問栄養食事指導も導入したことにより、訪問歯科医師や訪問管理栄養士もメンバーに加わりました。絶食期間が長かったことから、誤嚥(ごえん)のリスクも含めチーム内で情報の共有を行っていました。

最初は、6か月という絶食期間により飲み込みの機能が落ち、一般的に飲み込みやすいとされている少量のゼリーやヨーグルトでもむせ、水分には濃いとろみが必須でした。リハビリでは細かな評価と訓練を重ね、段階的にレベルアップと環境調整を図っていきました。最終的には食形態の制限なく、再び口から食べることができました。ご本人の好きなコーラはとろみをつけずにストローで飲めるようになり、お寿司やスナック菓子も食べられるようになりました。


ご家族をチームの一員として捉えたリハビリ――不安が前向きな相談に変わった

ご家族は「口から食べられるようになってほしい」と願う反面、在宅介護が初めてであったため介護に対する不安を抱えており、その気持ちに寄り添い不安を取り除けるよう心がけました。これが経口摂取の再開に至る大きなポイントとなりました。

リハビリは、第1段階は飴なめ訓練、第2段階はゼリーを食べる訓練、第3段階は全粥軟菜を食べる訓練の3段階に分けて進めていきました。リハビリを進めていくなかで、ご家族の抱える不安も段階が上がるにしたがい変化していきました。

最初にご家族が抱えていたのは「本当に食べられるようになるのか」という不安でした。この不安に対しては、飲み込み機能の現状と考えられるリスクについて、納得していただけるまでとことん説明を行いました。

ゼリーを食べる訓練に入ると、今度は「むせてしまったらどうしよう」という不安に変わりました。これに対しては、その都度その場で説明しながら一緒に訓練を行いました。私たちが訪問するのは週1回でしたので、介助するときの姿勢、一口の分量の目安などは資料を作成してお渡ししました。私たちが伺わない日も不明点があればいつでも確認できるようにしたのです。また、万が一むせてしまった場合もスムーズに対応できるように、あらかじめ訪問診療の医師や看護師と相談し、緊急時の対応について準備を整えました。このように、介助するご家族の不安をその都度解消しながら、ゼリーの摂食訓練を言語聴覚士からご家族へとバトンタッチしていきました。

訪問リハビリは週1~2回しか伺えませんが、ご家族に摂食訓練を引き継ぐことで食べる機会を増やすことができます。ご家族をチームの一員として捉え、不安を取り除いたうえで訓練を言語聴覚士から引き継いでいくことがとても大事だと考えます。

このように、訓練の段階が上がって食べられる幅が広がっていくと、ご家族からの質問も「いろいろなものを食べさせてあげたい」という前向きな相談へと変わっていきました。そこでケアマネジャーと相談のうえ、訪問歯科診療や訪問栄養食事指導も導入し、食形態の制限なく食べられるように環境を調整していきました。ご家族と共にチーム一丸となって取り組んだことによって、ここまで食べられるようになったのではないかと考えています。


言語聴覚士による支援の重要性を多くの人に知ってほしい

この女性は言語聴覚士による訪問リハビリの介入とご家族の手厚い支援により口から食べることができるようになりましたが、置かれた環境によっては「食べたい」という願いがかなえられない人も多くいることに、今回の経験をとおしてあらためて気付きました。環境によって経口摂取の可能性を制限しないために、今後は地域に対し嚥下評価や口腔内環境の整備の重要性について情報発信を行っていきたいです。

また、将来的には自宅での嚥下内視鏡検査を実施できる体制を整えることができれば、よりよいと感じています。絶食から経口摂取を再開するにあたっては、口の中を視覚的に見ながら評価したほうがより安全性が高いのですが、現状はスクリーニング検査などの言語聴覚士による主観的評価が中心となります。定山渓病院で摂食嚥下の検査入院、外来での嚥下評価なども行うことはできますが、在宅で医療を受けている人にとっては、わざわざ受診するのは大変なことに感じられるようです。自宅で嚥下内視鏡検査が実施できれば、すぐに客観的で確実な評価につなげられ、今後の方向性をスムーズに決められるので、ご本人にとっても有益ではないかと考えています。

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