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アルツハイマー型認知症の予防・克服に向けて――小野先生の挑戦

金沢大学医薬保健研究域 医学系脳神経内科学教授 小野 賢二郎先生

アルツハイマー型認知症(以下、アルツハイマー病)の原因は、アミロイドβやタウといったタンパク質が脳に蓄積することだと考えられています。現時点で根本的な治療・予防法はありませんが、アミロイドβやタウに直接アプローチできれば、アルツハイマー病を克服できる時代が来るかもしれません。金沢大学医薬保健研究域 医学系脳神経内科学教授の小野 賢二郎(おの けんじろう)先生は、20年以上にわたってアミロイドβに着目した研究を行ってきました。小野先生にアルツハイマー病の治療・予防に対する取り組みについてお話を伺います。


進む、アルツハイマー病の病態解明

2022年現在、アルツハイマー病の治療は全て対症療法です。しかし、病態が徐々に明らかになってきたことで、本質的な病態に直接作用する薬剤の開発が進んでいます。日本では未承認ですが、アメリカではアルツハイマー病の原因物質といわれるアミロイドβを取り除く薬剤(抗アミロイドβ抗体)がすでに条件付きで承認されていて、病態解明や治療薬の開発は着実に前進していると感じています。

 

また病態解明に伴い、適切な治療の介入時期も分かってきました。たとえば、家族性アルツハイマー病患者さんの家系を調べてみると、発症する約20年前からすでにアミロイドβが蓄積していることも分かっています。病態を追っていくことで、症状が出る前から治療を開始できる可能性もあります。

 

イメージ:PIXTA


多様な症状は、凝集体の構造の違いによるもの?

私は20年以上前からアミロイドβに着目し、アルツハイマー病の研究を続けてきました。

現在特に力を入れているのが、アミロイドβの凝集体(タンパク質の粒子が集まり、より大きな立体構造になったもの)の構造に着目した研究です。アルツハイマー病では、人によって非常にさまざまな症状が現れますが、それが凝集体の構造の違いによるものではないかと考えています。凝集体の構造は、高速原子間力顕微鏡(高速AFM)という機器を使って立体的に捉えることができ、実際にらせん型や平坦型など、人によってまったく違う構造型をとることが分かっています。

現在は高速AFMで得られたデータを基に、凝集のスピードや立体構造の違いなども加味して病態に迫ろうとしています。凝集体の構造ごとに症状を特定できるようになれば、将来的にはオーダーメイドの根本治療ができるようになるかもしれません。


ポリフェノールで認知症を予防できる可能性

アルツハイマー病の予防に関する研究にも力を入れています。その中で着目してきたのが、抗酸化・抗炎症作用を持つことで知られるポリフェノールです。アミロイドβの凝集を抑制する物質を探索していた際、ポリフェノールの一種であるロスマリン酸、クルクミン、ミリセチンに凝集抑制効果があることを発見したのです。試験管内の実験で有効性を証明し、その論文は、ありがたいことに世界で1,000回ほど引用されています。

その後、マウスを使った実験でも同様に抑制効果がみられたため、ヒトに対する臨床試験、通称「能登ロスマリン酸認知症予防プロジェクト*」を2016年から開始しています。マウスの実験でもっとも効果が優れていたのがロスマリン酸であったことから、試験参加者にはロスマリン酸を豊富に含むレモンバーム抽出物をカプセルに入れたものを服用してもらっています。

健常者で安全性と忍容性(副作用の程度)を確認した後に少数の患者さんに半年間投与したところ、神経精神症状の悪化が抑えられました。今は症例を300程度まで増やし、引き続き検証していく予定です。

 

ただし、ポリフェノールは水に溶ける性質であるため、血液脳関門(血液から脳組織への物質の移行を制限する機構)を通過しづらいという課題があります。脳への移行は実験で確認されていて、髄液からポリフェノールが検出されることも分かっているのですが、その割合は非常に低いのです。予防効果を確かめるためには、長期で検証していく必要があるでしょう。300人規模の検証で効果が認められれば、対象者を拡大できると考えています。

 

*試験名称「地域における主観的認知障害および軽度認知障害の高齢者を対象としたロスマリン酸含有レモンバーム抽出物の認知機能に対する有効性に関する検討」

 

イメージ:PIXTA


認知症診療のこれから――小野先生の展望

認知症の診療は、抗アミロイドβ抗体が承認されるかが決まるであろう、向こう2〜3年が大きな転換期になるでしょう。有効性が証明されて臨床で使用できるようになれば、アルツハイマー病の根本治療も期待できます。さらには、脳のタンパク質に直接アプローチできるとなると、タンパク質がたまることによって生じるほかの認知症(レビー小体型認知症など)や神経変性疾患(パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症など)の治療法も、ドミノ倒しのように一気に進む可能性があります。

治療法が変われば、現在保険適用ではないアミロイドPET検査や脳脊髄液・血液検査も汎用化されるでしょうし、健診でアルツハイマー病を発見できる時代も来るかもしれません。そうなれば、発症早期あるいは発症前の段階から病態を捉えて治療介入することもできます。

 

私自身の展望としては、アミロイドβ、タウやαシヌクレインを始めとしたタンパク質の凝集体構造に着目した研究に、よりいっそう力を尽くしていきたいと考えています。高速AFMのように、私たちだからこそできる実験設備を駆使し、凝集体の動きや構造、毒性の関係性を解明する。そして、タンパク質がたまることで生じる病気の病態メカニズムを解明するとともに、根本治療に導くことができればと考えています。

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