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よりよい口腔衛生管理・口腔ケアの提供のために――慢性期医療の現場で活躍する歯科衛生士・齋藤しのぶさんの思いと取り組み

医療法人永寿会 恩方病院 歯科・歯科口腔外科 歯科衛生科長 齋藤 しのぶさん

高齢化社会が進むなか、慢性期病院で口腔衛生管理*ができる歯科衛生士や口腔ケア*を行うことができるスタッフの需要はますます高まると予想されます。医療法人永寿会 恩方病院(以下、恩方病院) 歯科・歯科口腔外科 歯科衛生科長の齋藤(さいとう) しのぶさんは、新入職の歯科衛生士への教育だけではなく、他職種に向けた口腔ケアの啓発活動にも力を入れて取り組んでいます。慢性期病院で口腔衛生管理に従事することで感じるやりがいや、現在、力を入れている啓発活動、今後の展望について齋藤さんにお話を伺いました。

*口腔衛生管理・口腔ケア:歯科疾患の予防に加えて、摂食嚥下機能の維持・向上、栄養状態の改善、誤嚥性肺炎の予防、介護環境の改善につながる処置や指導を実施することを口腔衛生管理と呼ぶ。一方、口の中の衛生状態を保つために看護師や介護者、家族が日常的に行うケアは口腔ケアと呼ぶ。


慢性期病院における歯科衛生士としてのやりがい

子供の頃から、優しく対応してくれた歯科衛生士さんの影響で、歯医者さんに通院することが好きで、歯科に関して大変興味がありました。医療に関わり、患者さんのお役に立つ仕事をしたいと考えた時、困っている私を助けてくれた歯科衛生士さんのように私もなりたいと思い、歯科衛生士を目指しました。

歯科衛生士になってから、最初の10年ほど勤務していたのは一般歯科です。主にお子さんから60歳代くらいまでの外来患者さんを対象とした歯科診療に携わっており、80歳代、90歳代の患者さんの歯科診療を経験したことはありませんでした。医療法人永寿会 陵北病院(以下、陵北病院)の求人を知ったのは、有床病院で歯科衛生士として入院患者さんのお役に立てることは何かないかと考えていたときです。ステップアップになるような新しい挑戦をしてみたいと思い、陵北病院への入職を決めました。

陵北病院は療養型病院ですので、亡くなられる患者さんもいらっしゃいます。私たちが口腔衛生管理をすることで口腔が潤い、呼吸が楽になり、声が出やすくなって、ご家族と少し会話を交わすことができる患者さんの姿を見ると、お役に立ててよかったと感じます。私たちを必要として「待っていたよ」と声をかけてくださり、口腔衛生管理をした後に亡くなられた患者さんもいらっしゃいました。患者さんの最期のときまで歯科衛生士として関われることにやりがいを感じています。

患者さんが亡くなられた後、看護師と共に歯科衛生士もエンゼルケアに介入させて頂くことがあります。口腔内に汚れが残っていると、退院後から葬儀までの間、ご家族が顔を近づけることも耐え難くなるほど、咽頭(いんとう)や鼻腔(びくう)から腐敗が進行してしまうこともあります。最後のお別れをするとき、そのようなことを少しでも軽減できるよう口腔内の汚れをきれいにして差し上げたいと思っています。ご家族に「この病院にしてよかった」と思っていただけるよう、患者さんの尊厳を守り、患者さんとご家族に寄り添った対応を心がけています。最後の最後まで患者さんに関わることができるのは、慢性期医療に携わる歯科衛生士ならではだと思います。


新入職の歯科衛生士や他職種に向けた啓発活動

当院では歯科衛生士が口腔衛生管理として介入できるのは週1〜2回で、それ以外は1日3回、看護師が口腔ケアを行っています。看護師による口腔ケアが適切に実施できれば、患者さんもよい口腔状態を維持できます。そこで、当法人内では歯科衛生士だけではなく、看護師にも口腔ケアに必要な手技や心構えを伝える教育に力を入れています。また最近では、新入職の歯科衛生士や看護師、介護士がよりよい口腔衛生管理・口腔ケアを実践できるように、外部に向けた情報発信にも注力しています。口腔衛生管理と口腔ケアは、やはり手技が大切です。医療従事者向けの研修でお渡しするパンフレットを作成することから始まり、今では手技を分かりやすく動画で解説したDVDのほか、陵北病院 副院長の阪口 英夫(さかぐち ひでお)歯科医師と共に『はじめて学ぶ非経口摂取患者の口腔衛生管理 要介護から人生の最終段階まで(2021年7月発行)』という書籍も出版しました。

こうした啓発活動に力を入れるようになったのは、2018年に阪口先生が陵北病院の副院長へ就任したのがきっかけです。阪口先生は院外の歯科医師や歯科衛生士などに向けてセミナーや出版など啓発活動を行ってこられた先生で、その影響で、私も研修や出版などに力を入れるようになりました。院内の医科・歯科の連携も阪口先生が就任されてから一気に進みました。療養型病院でありながら、歯科室を備え、歯科医師と歯科衛生士が在籍しているのは珍しいかもしれませんが、私が陵北病院に入職した当初から、院長の田中 裕之(たなか ひろゆき)先生は「歯科は慢性期医療になくてはならない存在」だと歯科の重要性について唱えていました。誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)の予防には口腔ケアが必要だという認識があまり広まっていない頃から、田中先生は口腔ケアを重要視していたのです。田中先生のお考えは、医科と歯科が密に連携し、看護師も口腔ケアに協力的である現在の陵北病院の体制につながっていると思います。

恩方病院は今まさに体制を整えており、看護部の方々と共にシステムを構築しているところです。歯科衛生士と看護師・介護士で口腔ケアチームを作り、ケアの質を高めていくことを目指して、毎週のように会議を重ねています。口腔ケア方法のマニュアルを作成し、全職員で共有して実践できるようOJTを行い、口腔ケアの知識や手技を身につけています。口腔ケアを行う看護師や介護士の協力に応えられるよう、私たち歯科衛生士は歯科医師と力を合わせ、分かりやすくレクチャーするために、伝え方についてもアップデートしていくことを心がけています。


“伝えること”を続けていきたい

歯科衛生士として日々の口腔衛生管理を実施することは、私の大事な仕事です。しかし、自分だけできればよいのではなく、今後も看護師や介護士など他職種の人たちが、口腔ケアを実施しやすい方法を広めていくことが重要な役割だと考えています。また、歯科衛生士には、より質の高い口腔衛生管理が提供できるように、必要に応じてアップデートしながら手技を伝えていきたいと思っています。

そういった日々の努力の積み重ねが、患者さんの口腔環境をよくすることにつながっていくと思いますので、自分自身の手技の向上を目指すと同時に、他のスタッフにも伝えることを続けていきたいと考えています。

また、私だけが頑張るのではなく、後進の歯科衛生士も積極的に口腔ケアの方法を看護師に伝えてくれることを期待しています。口腔ケアを実践しやすくレクチャーしていくことも大切な仕事の1つだと考えます。誰もが自信を持って他職種へレクチャーできる手助けになればと考え、口腔ケアの方法を伝えるセミナー用の資料も作成しているところです。


「慢性期医療には歯科がなくては困る」と思われるような存在を目指して

高齢化の進行によって慢性期医療のニーズが高まり続けているなか、口腔衛生管理を実施できる歯科衛生士の必要性が増加してきていると思います。今後は、慢性期医療を経験したことのない歯科衛生士の人たちとも一緒に頑張っていければと考えています。

口腔衛生管理では手技が大事なのはもちろんのこと、患者さんやご家族、また他職種とのコミュニケーションを図ることも大事なことです。医師や看護師、薬剤師、言語聴覚士、理学療法士、作業療法士、管理栄養士、生活相談員などの多職種にて連携し、チーム医療を進めていくことが必要な時代になったと感じます。歯科に関することを他職種の人々に広め、お互いに協力しながら患者さんに還元していきたいと思います。そして「慢性期医療には歯科がなくては困る」と思われるような存在を目指し、日々、患者さんのために努力していきたいと考えています。

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