介護・福祉 2025.02.06
“お風呂の力”を信じる、うちんく訪問入浴の取り組み――人生最期の入浴を決して諦めない
株式会社ワカシ 代表取締役 窪田 友樹さん
訪問入浴介護とは、要介護状態などを理由に入浴が難しい方々のご自宅を訪れ、移動式の浴槽を提供して入浴介護を行うサービスのことです。株式会社ワカシ 代表取締役 窪田 友樹(くぼた ともき)さんは、“どのような状態・病状の人でも断らない”ことをモットーに、うちんく訪問入浴を運営されていると言われます。そこには、利用者様の“人生最期の入浴のチャンス”を奪いたくないという思いがあるそうです。そのような思いで設立されたうちんく訪問入浴では、カラフルなつなぎを着た職員の皆さんが、楽しく訪問入浴に取り組んでいるそうです。今回は窪田さんに、訪問入浴や利用者様・ご家族への思い、そして日々の取り組みで大切にされていることなどについてお話を伺いました。
フリーターから偶然、訪問入浴の世界へ
今でこそ訪問入浴を専門に活動していますが、実はこの道に進んだのはまったくの偶然です。私は体育学部の出身で、もともとは体育の教師を目指していました。しかし、就職活動がうまくいかずフリーターになってしまって……。将来を考えて正社員になろうと一念発起して公共職業安定所に飛び込んだものの専門の体育ではどこにも就職できず、何となくあいうえお順で一番上にあった、自宅から近い会社に応募しました。それがたまたま訪問入浴の会社であり、この世界に入ったきっかけです。
初めて訪問入浴に従事した日のことを、まだ覚えています。23歳でした。入浴中に便が出てしまう場面に出くわして「やっていけるのかな」と思ったのが、最初の率直な感想です。このように強い動機があって進んだ道ではありませんでしたが、入職から約15年経験を積み、管理職にも就かせてもらいさまざまな経験をすることができました。
訪問入浴の仕事にやりがいを感じるようになっていったのは、働き続けているうちに“お風呂の力”を知るようになったからです。訪問入浴の対象となるのは、基本的に要介護状態の方になります。寝たきりで24時間同じ天井ばかり見て過ごしていた方が、お湯につかって違う景色を見ることができる。そんな魅力を実感していた私は「利用者様、ご家族、職員、みんなが幸せになれるような会社を作りたい」という思いで独立し“うちんく訪問入浴”を始めました。
“断らない訪問入浴”という信念――入浴のチャンスを奪わないために
私たちは、どのような身体状態、病状でも医師の許可、利用者様やご家族の希望があれば、決して断らないことをモットーに訪問入浴の業務にあたっています。なぜかというと、それは人生最期の入浴のチャンスを奪うことになりかねないからです。
忘れられない、あるエピソードをご紹介します。末期がんの男性の入浴に携わったときのことです。「最期にどうしてもお風呂に入りたい」とおっしゃっていた方で、ご要望をいただいたその日のうちに訪問しました。病気の影響で意識も朦朧とされている状態だったのですが、お風呂から出てベッドに戻ったときに私の耳元で「明日も入りたい」とおっしゃいました。ご家族も非常に驚かれていたことが印象に残っています。遠方の利用者様ではあったのですが、その日からご希望を叶えるために、主治医の先生とやりとりをしながら6営業日連続で訪問入浴に伺いました。最終的に、亡くなる前日までお風呂に入れて差し上げることができたのです。その利用者様は、お風呂に入ることを楽しみに毎日を過ごしてくださっていたようです。これは訪問入浴の魅力を実感する出来事でしたし、ご家族とも「お風呂の力ってすごい」と話したことをよく覚えています。
訪問入浴を利用される段階になると、身体状態を理由に、ご本人の希望を叶えられなくなることが多くなってきますが、仮に寝たきりの状態でも、最期まで実現できる可能性があるものが入浴だと考えています。私はいつ“最期の入浴”になっても後悔しないようにという気持ちでサービスを行っていますし、職員にもそう伝えています。
「こんなに簡単に入れるんだ」と言われるとうれしい
実際に訪問入浴を初めて見た方たちからは、「こんなに簡単に入れるんだ」という声をよくいただきます。自宅のお風呂だと、ご家族が「自分たちで何とかしなくては」という思いで汗をかきながら無理矢理入れているケースが少なくありません。
一方で、私たちにとっては日常の業務なので、スムーズにご入浴していただくことができます。その様子に驚かれているご家族などの姿を見ると「1つでも介護のご負担を減らすことができ、喜んでいただくことができた」と感じ、とてもうれしいです。特にお風呂に入ることが難しいような状態、たとえば呼吸器やストーマ(人工肛門<じんこうこうもん>)、点滴がついていたり、褥瘡(じょくそう:床ずれ)がひどかったりするような方が入浴できたときにご家族などの驚く表情を見るとやりがいを感じます。
職員の個性を大切に、入浴を楽しい時間へ
「介護って意外と楽しい」ことを知ってほしい
私自身もそうでしたが、「どうしても介護の仕事をしたい」という強い思いを持ちこの世界に入る人は非常に少ないと思います。ですから「この会社だったら入ってみたい」「介護って意外と楽しいものなんだ」と思ってもらえるように活動してきました。
弊社は、職員それぞれの個性を大切にしています。制服は、職員が自由に好きな色のつなぎを選べるスタイルにしています。“目立つように”というのと、“職員が少しでも楽しむことができるように”という思いで始めました。このような弊社の活動や方針は、SNSでも積極的に発信しています。入浴車もカラフルに塗っているので、それを見た近隣の方やフォロワー様から「カラフルな服を着て楽しそうにしているから」という理由で、SNSのDMにて面接希望をいただくことも多くあります。
また、思わぬ副産物もありました。利用者様やご家族は高齢の方が多く、視力が弱っている場合が少なくありません。そのような状態でも色で識別しやすいというメリットがあるのです。在宅介護を行うと、さまざまなサービス・人が同時に自宅に入ることになりますが、カラフルな制服を着た弊社のスタッフを“赤い人”といった感じで覚えていてくれることがあります。
いかに簡単に見せるかを大切にしている
訪問入浴を行うためには、利用者様のご自宅に浴槽を持ち込む必要があります。そのため、大がかりで大変そうと思われることがよくあります。「大丈夫なのかな?」「そんなに大変な思いをして週に何回もお風呂に入らなくてもよいのでは」と不安に感じる方もいるようです。
私たちが不慣れですとご家族も不安を感じてしまいますので、いかにスムーズに楽しく、簡単に見えるようにお風呂を提供できるかということを大切にしています。
また、ご家族の多くは初めて在宅で看取りをされるわけです。私たちにとっては毎日の仕事ですが、やはりそこは慣れてはいけないと思っています。初めての看取り、初めての訪問入浴を体験するご家族には、丁寧に説明していくことを大切にしています。
自分が幸せになりたければ周りを幸せにしよう
私が弊社の採用の際に重視していることは、高いスキルではありません。スキルは経験を積んでいけば自ずと身につけることができます。求めているのは、とにかく“人に対して優しくできる人”。それだけです。その理由は、優しさは必ず利用者様に伝わると思っているからです。実際に訪問入浴の利用者様から「手で触った感覚だけで大切にされているのが分かる」と言われたことがあります。訪問入浴の現場では、手先の触り方1つも大切なのだと実感しました。
また、職員には「自分が幸せになりたいのなら、まずは周りから幸せにしようよ」と伝えています。自分が関わっている利用者様やご家族を幸せにできれば、その方たちも弊社を信頼してくれるようになります。また、一緒に働くほかの方たちが幸せになれるように動けば、周りのみんなが自分を助けてくれるようになるでしょう。
訪問入浴を知ってもらうため人とのつながりを大切に
現在はだいぶ状況が変わりましたが、過去には医師から入浴の許可が出ないまま利用者様が亡くなってしまい、悔しい思いをしたこともあります。
このような経験をとおして、どのような方でもお風呂に入れて差し上げるために、主治医の先生や訪問看護師様などと、できる限り信頼関係を築くよう努めてきました。自宅での入浴が難しくなったタイミングで私たちにスムーズにつなげてもらえるように、地域の勉強会などにも足繁く通ってコミュニケーションをとり、まずは私の思いを伝えることから始めました。
面白い出会いもありました。ある勉強会でたまたま夢について聞かれたので、私はとにかく訪問入浴の認知度を上げたいという思いで「テレビCMをやりたい」と答えました。すると隣に座っていた方が地域のラジオMCの方とたまたま知り合いで、ラジオに出演させていただく機会に恵まれました。それがきっかけで、さまざまな方とつながりを持つことができ、私たちの活動を知ってもらえるようになったのです。
介護の現場では多職種連携という言葉がよく使われますが、それは介護だけに当てはまるものではないと思っています。私は八王子市でずっと活動をしてきて、飲食店や商店街の方たちなど、地域の皆様とつながることを大切にしてきました。飲食店に弊社のパンフレットを置かせていただいたり、商店の店主に弊社のロゴを作ってもらったりしたこともあります。一見関係ないように見えるかもしれませんが、飲食店のご家族が入浴に困っていることもありますし、パンフレットを見たお客様が弊社の求人に応募してくれたケースもあります。これからもさまざまな方とつながりながら、1人でも多くの方に訪問入浴や弊社の活動を知ってもらいたいと思っています。