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財政不均衡がもたらす危機とその対策――日本の医療体制と社会保障制度

キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 松山幸弘先生

社会保障とは、傷病や失業、労働災害、退職などで生活が不安定になった際、健康保険や年金、社会福祉制度などの公的な仕組みを活用し、生活を保障することです。しかし、日本の財政赤字は膨らみ続けており、2020年の新型コロナウイルス感染拡大はその状況をさらに加速させました。財政不均衡が続くことで想定されるシナリオ、それを防ぐために打つべき手とはどのようなものでしょうか。松山 幸弘(まつやま ゆきひろ)先生(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹、豪州マッコーリー大学オーストラリア医療イノベーション研究所 名誉教授)にお話を伺いました。


財政不均衡が続くことにより想定されるシナリオとは

新型コロナウイルス感染症の影響により、日本の財政赤字はさらに膨らみました。現代貨幣理論(Modern Money Theory:略称MMT)を信望して「中央銀行は政府の一部であるから日本銀行が買う国債は政府の借金ではない、国債はいくらでも発行できる」と主張する人々がいます。MMTでは、財政破綻の兆候が見えたときに税率を引き上げればよいということになっているのです。しかし、そのときには消費税率を30%、さらには40%以上に引き上げることになります。現在の政治家にそんな決断をできるとは思えません。

仮にMMTが正しいとすれば、日本政府は日銀に国債を買わせた資金で米国債を無制限に買うことで財政破綻した際の対策財源を米国に肩代わりさせることが可能ということになります。しかしそんなことをすれば、すぐに日本は国際金融市場から排除されるでしょう。

 

戦後に実施された預金封鎖を振り返れば分かるように、財政破綻が起これば1,900兆円に積み上がった家計金融資産(現金、預金、保険、年金、株式など)を政府が召し上げます。今、超富裕層はこのリスクを現実のものと捉え、家族全員で相続税がない国に移住し始めています。

このような流れのなかで、政府は2017年の相続税改正において、日本の相続税が免除される条件となる海外移住の期間をそれまでの“5年”から“10年”に延長しました。しかし、それでも超富裕層の海外移住は止まらないと思われます。いずれにせよ現時点でもっとも可能性の高いシナリオは、国の予算が組めない危機に陥り、現在の医療介護制度が白紙になるということです。その詳細は2018年に出版した『財政破綻後』(日本経済新聞出版)の第4章にまとめていますので、ご一読いただければと存じます。

 


社会保障制度の改革案

  • 人口減少を見据えた“持続可能な社会保障制度”への改革案

ご承知のとおり、現在の社会保障制度は高度経済成長期における楽観的な将来の見通しを前提に設計されたリッチな給付水準であり、それを放置し続けているのです。さらに2020年から続くコロナ禍によって財政危機のレベルが上がりました。そのようななか、公的医療保険の枠組みの中で追加財源を確保する知恵が求められています。

100年後に日本の人口が半減したとしても国民生活を守ることが可能な社会保障制度とはどのようなものでしょうか。私は1998年に経済誌に論文を発表し、その具体案を3つ提示しました。1つ目は社会保障制度全体の財源を年金から医療介護にシフトさせる、2つ目は消費税率を段階的に15%に引き上げ、その際に生じる景気へのマイナスを年金積立金の現役勤労者への返還で相殺する、3つ目は公的医療保険を基礎給付保険と高度医療保険の2階建てにし、高度医療保険の内容については国民に選択権を与える、というものです。

 

“医療保険の2階建て”について、さらにご説明します。医学の進歩により画期的な医薬品・医療機器が次々と登場していますが、非常に高額になりがちです。ただ、高額だからといって保険適用しなければ国民は医療イノベーションのベネフィットを享受できません。そこで、高度医療を対象とする保険における“保険料と患者負担割合のバランス”を国民一人ひとりが選択できるようにオプション給付を設けることで、早期の保険適用を支えるのです。実際、欧米諸国の医療保険にはそのようなオプションの要素が組み込まれたものがあります。これは、医療費の増加によって保険料の上昇が続いたとしても、自分で選択した給付内容であれば人は納得するという性質に着目した工夫です。

 

医療保険の仕組みについて、オーストラリアの例を紹介します。オーストラリアでは公的保険制度に民間医療保険会社を組み入れて、国民に選択する機会を与えています。そして保険会社の医療給付財源の約30%を公費で補填する見返りに、毎年決算後に利益が大きい保険会社から利益が小さい保険会社に利益移転させることを法律で定めています。これは、利益が大きかった保険会社の加入者の疾病リスクが低かったことによる増益部分を、疾病リスクが高い加入者を引き受けた保険会社に再配分して公平化を図るという制度設計です。

また、米国では1990年頃に“カフェテリアプラン”という制度を導入しました。それまで勤労者は、原則雇用主が選んだ保険会社と契約した団体医療保険でカバーされていました。カフェテリアプランでは、雇用主が従業員一人ひとりに医療保険購入の予算を与えて保障内容を選ばせる、もし共稼ぎの配偶者が家族全員をカバーする医療保険に入っていたら自分が獲得した予算を現金でもらえる、という仕組みです。つまり、共稼ぎ世帯がより生活しやすくなるという制度です。企業から見ても、従業員に予算を与えることで医療保険料の増加リスクから解放されますので、総人件費のコントロールが可能になるというメリットがあります。


医療機関や病床が多いのになぜ“医療崩壊”が起きるのか?

ここで、単位人口あたり病院数と病床数が韓国と並んで世界一多い日本において、欧米諸国のような感染爆発が起きていないのに、なぜ医療崩壊が起きつつあるのか?を考えてみたいと思います。

 

写真:PIXTA

 

日本の場合、第3波が来る前にコロナ専門病院を全国に配置して必要人材をプールしておくべきだったのにできていない。そして対応が後手になる。ほかの多くの先進諸国ではこのような問題は起こりません。なぜなら、自然災害などの緊急時に指揮権を持つセーフティネット医療事業体が各医療圏に平時から設置されているからです。わが国でコロナ専門病院が決まらないことは、ラストリゾート(最後の拠り所)の責務を担うべき国公立病院、国立大学附属病院が全体としてラストリゾートになっていないことを意味します。そのことは、厚生労働省が直轄する国立病院、労災病院、地域医療機能推進機構ですらバラバラ経営で、同一医療圏内で競争している、高額医療機器を重複投資していることからも明らかです。国立大学附属病院もしかりです。

 

そしてコロナ禍を契機に、自治体病院は厚生労働省が示した地域医療構想の病床再編案の凍結や、病床再編の試算に民間病院も加えることを要求しています。しかし民間病院は私有財産ですから、その病床再編に政府が強権発動することは無理筋です。有事にラストリゾート機能を果たす事業体を平時から組成することは、国公立病院と国立大学附属病院を広域医療圏単位で経営統合することで十分可能です。

その経営形態としては、地域医療連携推進法人や広域独立行政法人が使えます。医療専門人材プールの質量が大きいほど労働環境も改善されます。そして、医療のアクセス向上には病院ではなくサテライト施設群(診療所、介護施設、在宅ケア拠点など)の拡充とデジタルヘルス活用が重要であることを、国民に対して示すのです。診療所、民間病院などの民間医療機関の経営者は、患者情報の共有を前提とした機能分担を受け入れるのであれば、経営の独立性を維持したままでこのネットワークに参加することが可能です。その選択を自ら判断すればよいのです。

*日本における医療のデジタルヘルスに関しては、次の記事をご覧ください。

*松山幸弘先生による「コロナ禍と医療イノベーションの国際比較」についてはこちらをご覧ください。

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