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皮膚外科医として患者さんに最善の医療を提供したい――林 健先生の思い

東京労災病院 副院長 林健先生

東京労災病院副院長・皮膚科部長の林 健(はやし けん)先生は、褥瘡(じょくそう)をはじめとした皮膚疾患の治療、特に植皮手術を専門として、皮膚科における重度の患者さんの診療に尽力してこられました。

今回は、林先生が今の専門領域に携わるようになったきっかけや、日々の診療で心がけていることなどを伺いました。


重い皮膚疾患の治療に貢献したいと思った経験

私が皮膚科の医局に入ったばかりの頃のことです。そのときの上司にあたる助教授が、色素性乾皮症の治療や研究に力を入れていました。色素性乾皮症とは、紫外線を浴びたところから皮膚がんが発生してくるという特徴を持つ、遺伝性の病気です。患者さんは健康な方と比べて全身の組織が弱く、若くして亡くなられる方が多いといわれています。

当時、勤め先の病院には、全国から色素性乾皮症のお子さんが治療に訪れていました。大声で喋り合いながら病棟を駆け回る様子が印象に残っています。神経症状の1つである聴覚の障害により、どのお子さんも耳がよく聞こえていなかったのです。このときの経験から私は、重い皮膚疾患に対する治療を専門にしていきたいと考えるようになりました。


形成外科や美容外科も学び、皮膚外科医の道へ

当時は、皮膚科の医局に形成外科の医師も所属しており、私は形成外科の分野、特に皮膚移植に興味を持つようになりました。当院に赴任してきたのも、同形成外科で初代部長を務めた倉田 喜一郎(くらた きいちろう)先生という皮膚移植の大家に学びたいと考えたためです。赴任してきてからは、二代目部長・佐野 豊(さの ゆたか)先生にも、直接の恩師として大変お世話になりました。

倉田先生も佐野先生も、皮膚科と形成外科が1つになった医局のご出身で、手術を専門にしてこられた方々です。お二人の下で、皮膚科と形成外科の両方に関わるような形で経験を積ませていただきました。さらに、倉田先生の門下生である美容外科の先生が皮膚科部長に就任された時期があり、美容外科を学ぶ機会にも恵まれました。それ以降、皮膚科医としては“邪道”かもしれませんが、皮膚科の中でも手術をしたり、重症患者さんを受け入れたりと、幅広く皮膚疾患治療に携わっています。現在の専門である褥瘡治療に関わるようになったのも、諸先輩方の影響です。

その後、2002年度診療報酬改定での褥瘡対策未実施減算の新設に伴って、エリア内で褥瘡をあらためて学ぼうということになり、2001年、東京都大田区の病院で褥瘡に関わっている医師による褥瘡ケア勉強会が発足しました。私も初回からメンバーの1人として共に学んでいます。同会は、医師以外のスタッフにも少しずつ広めて規模を拡大し、開催回数は間もなく30回を迎えるところです(2020年8月現在)。


医師としての転機――腎移植を経て何事も全力で取り組むと決めた

私は、6年前に弟から腎移植を受けています。今は免疫抑制剤を飲んでいますが、移植手術の直後は急性拒絶反応が起こり、40℃くらいの発熱が続いて大量の血尿が出て、本当に死ぬような思いをしました。入院中、3度の食事が食べられなくて膳をそのまま下げられ、栄養士の方が病室に来て「全然、食べられませんか」と温かく聞いてくださったのを覚えています。果物だけは何とか口をつけることができるようになり、「栄養士さんはずいぶん、気を遣ってくれるのだなあ」と感動したものです。

そんな目に遭ったら普通は仕事をセーブする方向に心が向きそうなものだと思います。しかし私の場合、死を強く意識したことで、かえって「自分が持っている力を使ってできることをしよう」というエネルギーが湧いてきました。

そんな風に思ったのは、私が持つ“天国と地獄”のイメージがあったせいかもしれません。漠然と、「生前に人を助けた数が多いほどよいほうに行けるのではないかな」と想像していたのです。というのも、俳優の故・丹波 哲郎(たんば てつろう)さんとお会いする機会が何度かあり、“霊界の宣伝マン”を自称する丹波さんからよくそういう話を聞いていたからでしょう。丹波さんは「人生は修行の場。よいことばかりではないのが普通だ」と話していました。つらいときでも諦めてはいけないというその言葉に励まされて、「やはり何事も全力でやらなければ駄目だ」という考えに変わってきたのだと思います。


必要なのは経験に裏打ちされた決断力

一般的に、皮膚疾患が生死に関わることは少ないものの、私が診ているのは重度の患者さんが多く、病気が命に関わることはめずらしくありません。だからこそ、「治療の結果によっては患者さんや周囲の方を不幸にしてしまう」という意識を常に持ち、可能な限りベストの判断を下せるよう努めてきました。

たとえば、病気により組織が死んでしまった足に対する治療として、足を残すために骨を取り除いて再建を試みるという大がかりな手術に挑むこともあれば、命を守るために足の切断を余儀なくされることもあります。一方で、やむを得ず行った治療でも、後になってみると「これがベストだった」と思えるときもあります。

以前、足の組織が死んでしまう壊疽(えそ)のため切断することになった患者さんがいらっしゃいました。「足をできるだけ残せるようにしましょう」と話し合っていたときは、気分の落ち込みが大きく、精神科との連携も必要なほどでした。しかし、義足を取り付けた後は笑顔を取り戻されて、「ありがとうございます」と言ってくださり、今ではスタスタと歩けるようになっていらっしゃいます。

このような経験から、皮膚外科医にとって大事なのは、判断を迫られる場面に直面したとき迅速に決断する能力、つまり“勝負勘”のようなものであり、それを磨き続けることではないかと考えています。私自身、これからも研鑽を重ね、患者さんに「ありがとう」と言ってもらえるような治療ができるよう、努めていきたいと思っています。

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