病気 2021.07.19
日本人・アジア人は新型コロナウイルスに強い? ――“ファクターX”の正体
大阪大学免疫学フロンティア研究センター 招へい教授 宮坂昌之先生
私たちの日常を大きく変容させた新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)。今、全国的にワクチン接種が進んでいます。しかし一部ではデマの情報によってワクチンの接種を恐れる方が少なからずおり、河野太郎ワクチン担当大臣が注意喚起を目的とした発信を行うなど、社会の混乱が収まらない状況もみられます。今回は最新免疫学の観点から、宮坂 昌之(みやさか まさゆき)先生(大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授)にお話を伺いました。
なぜ日本の感染者数と死者数は少ないのか?
日本におけるCOVID-19の感染者数と死者数は、世界の中でも低い水準を示しています。たとえば、人口100万人あたりの感染者数と死者数をG7参加国*(アメリカ、フランス、イギリス、イタリア、カナダ、ドイツ、日本)の中で比較すると、日本は感染者数・死者数共にもっとも低く、その差は歴然です。
なぜこのような差が出ているのでしょうか。この疑問に対して、ある研究者は「日本人の多くは新型コロナウイルスに感染し、すでに集団免疫が成立している」という仮説を立てました。しかしそのようなエビデンスはなく、免疫学の観点で考えるとこの理論には無理があります。
また、新型コロナウイルスに関わるPCR検査の陽性率(陽性者数÷PCR検査実施数)を見ても、5%ほどとその割合はとても低いのです(2021年7月時点)。これらの点を踏まえると、やはり私たちの多くは新型コロナウイルスにさらされていない可能性が高いのです。
*G7参加国で比較するのは、経済や医療のレベルが近い国であるため。
ファクターXに関する仮説と考察
ただこれだけ明らかな差が出ているなかで、やはり私は日本人あるいはアジア人における“ファクターX”すなわちCOVID-19の重症化を抑制する要因が何かしら存在する可能性を考えています。というのも、COVID-19による死亡者数を国ごとに見ていくと、ヨーロッパの国々やアメリカ、南アフリカでは100万人あたり1000人を超える死者数であるのに対し、アジアの国々(日本、韓国、中国)は100万人あたり150人以下と非常に少ないのです(2021年6月30日時点)。
出典:札幌医科大学医学部 附属フロンティア医学研究所 ゲノム医科学部門
ファクターX、その1つの可能性は“交差免疫”です。すなわち、新型コロナウイルスではないけれど何かそれに近いウイルスにかかった経験があり、それによりCOVID-19があまり重症化せずに済んでいるという可能性です。あるいは先の記事でお話ししたように、何か新型コロナウイルスに似たものが私たちの自然免疫(生まれつき自然に備わっている免疫機構)を訓練してくれて、感染しにくい・重症化しにくい状況をつくり出している可能性があります。
ただ、現時点ではそれが何かを明確にはいえないため、あくまで推測の域は超えられていません。
風邪ウイルスの抗体との関連性
未曾有の感染症との闘いのなかで、ファクターXに関する種々の仮説が立てられました。たとえば初期の頃にいわれていたのが、風邪を引き起こす4種類のヒトコロナウイルス*(ヒトに日常的に感染するコロナウイルス)に対する抗体を日本人の半分以上が持っており、それが交差免疫をもたらしているという考え方です。
写真:PIXTA
ヒトコロナウイルスに関してはさまざまな研究が行われています。その中には、成人を対象にした研究でヒトコロナウイルスに対する抗体の有無がCOVID-19の死亡率の低さに関係していることを示すデータがあります。しかし一方で、子どもを対象にした研究では、ヒトコロナウイルスの抗体と重症化にはあまり関連性がないというデータが示されました。現時点ではどちらが正しいのか結論は出ていません。
*ヒトコロナウイルス:HCoV-229E、HCoV-OC43、HCoV-NL63、HCoV-HKU1の4種類。風邪の10~15%(流行期35%)はこれら4種のヒトコロナウイルスが原因といわれる。
生活習慣や血液型・HLA型の違いは?
そのほかにも、生活習慣や血液型、HLA*型(白血球の型)の違いがファクターXではないかという説もありました。確かに、キスやハグをあまりしない、家の中に土足で上がらないなどの生活習慣の違いはおそらく重要なポイントでしょう。しかし、アジアの国々で一様に同じ生活習慣ではないことから、ファクターXと断言できるものではありません。また、血液型やHLA型については特定のタイプと重症化との関連がいくつか示唆されていますが、妥当性のあるデータは見つかっていません。
*HLA:細胞表面にある分子。自然免疫に関わり、非常に多型性が高い(個人差が大きい)。