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抑制廃止を実現した定山渓病院の取り組み――患者さんの尊厳を守るために

定山渓病院 名誉院長 中川翼先生

“抑制”とは、身体拘束などにより患者さんの自由を制限する行為を指します。医療や介護の現場で安全を確保する観点からやむなく行われてきた抑制ですが、介護保険法の施行を機に身体拘束の禁止が国によって明示されました。現在でも、不必要な抑制は社会的な問題として認識されています。

1999年に“抑制廃止宣言”を公表し、病院をあげて抑制ゼロへの取り組みを続けている定山渓病院。同院 名誉院長の中川 翼(なかがわ よく)先生、看護部長の田中 かおり(たなか かおり)さん、看護師長の大高 麻紀子(おおたか まきこ)さんにお話を伺いました。

*写真右端:中川 翼先生、右から2人目:大高 麻紀子さん、右から3人目:田中 かおりさん、写真左端:院長 中西 克彦(なかにし かつひこ)先生


“抑制”とはどのようなものか

“抑制”とは、身体拘束などにより患者さんの自由を制限する行為です。

医療にはさまざまな処置があります。中には、手足の静脈に入れる点滴や、太い静脈に栄養を入れる中心静脈栄養、鼻から管を入れる経管栄養などがあり、それらには全て栄養剤と血管・胃をつなぐためのチューブが介在します。このチューブを患者さんが抜かないよう手足を縛る、特殊なグローブをつけるといった行為を“抑制”といいます。また、患者さんがベッドから降りないようにベッドを柵で囲む、車椅子から立ち上がらないように体を車椅子に固定する、排泄物をいじらないように特殊な服を着せるなどの行為も抑制に含まれます。さらに、物理的な拘束がなくても、威圧的な言葉がけや態度、命令口調、大声での注意、無視なども抑制と考えられる行為です。

写真:PIXTA


抑制が社会的な問題として顕在化した経緯

脳の手術後などには頭に管が何本か入ることがあり、そのような場合には一定の期間手足を固定して管が抜けないようにします。また、脳性麻痺により体幹の支持性が失われている患者さんを車椅子に乗せる際、体を固定して落ちないようにすることがあります。このように医療的に必要な場面でのみ行われていた抑制が元となり、徐々に抑制の意味が拡大解釈され、高齢の方や認知症の患者さんに対しても抑制が行われていることが問題視されるようになったのです。2000年の介護保険法の施行を契機として、その前年に国は“身体拘束禁止”を明示しました。先ほどご説明したような行為を含めて、高齢者福祉の分野では禁止される具体的な行為が11の項目で示されています。

 

1. 徘徊しないように、車椅子や椅子、ベッドに体幹や四肢を紐などで縛る

2. 転落しないように、ベッドに体幹や四肢を紐などで縛る

3. 自分で降りられないように、ベッドを柵(サイドレール)で囲む

4. 点滴・経管栄養などのチューブを抜かないように、四肢を紐などで縛る

5. 点滴・経管栄養などのチューブを抜かないように、または皮膚をかきむしらないように、手指の機能を制限するミトン型の手袋などをつける

6. 車椅子や椅子からずり落ちたり立ち上がったりしないように、Y字型抑制帯や腰ベルト、車椅子テーブルをつける

7. 立ち上がる能力のある人の立ち上がりを妨げるような椅子を使用する

8. 脱衣やおむつはずしを制限するために、介護衣(つなぎ服)を着せる

9. 他人への迷惑行為を防ぐために、ベッドなどに体幹や四肢を紐などで縛る

10. 行動を落ち着かせるために、向精神薬を過剰に服用させる

11. 自分の意思で開けることのできない居室などに隔離する

 

当院は、介護保険・医療保険の種別にかかわらず患者さんの尊厳を守るという考えに基づき、1999年より抑制廃止に取り組んできました。


抑制を行うことによる弊害――なぜ抑制は問題なのか

抑制は患者さんの尊厳を否定する行為です。身体的な弊害として、褥瘡(じょくそう)や筋力低下、関節の拘縮(こうしゅく)、心肺機能の低下などが起こります。また、精神的な弊害として、患者さんの不安や怒り、屈辱、諦めなどの大きな精神的苦痛があり、人間としての尊厳を侵します。ご家族には悲しみや後悔、罪悪感などの精神的苦痛をもたらし、職員がやる気を喪失するきっかけにもなるのです。さらに、社会的な弊害として、当該医療機関や施設に対して利用者や家族、社会が不信を抱く可能性があります。


“やむを得ない抑制”の判断基準と留意点

身体拘束禁止には、3つの例外規定があります。1つ目は切迫性、つまり抑制をしなければ本人や周囲の人の命に関わる場合です。2つ目は非代替性、その抑制以外ほかの方法がないこと。3つ目は一時性、たとえやむを得ず抑制を行ったとしても、それは一時的なものであり絶えず見直しが必要であるということです。やむを得ない抑制については、決して拡大解釈せず、事例ごとに慎重に検討することが重要です。


定山渓病院における抑制廃止の取り組み

抑制廃止宣言から抑制ゼロの実現まで

当院は1999年7月に“抑制廃止宣言”を病院内外に公表し、抑制ゼロを目指して取り組んできました。宣言前の1999年6月には231件の抑制がありましたが、初めの9か月で抑制の件数を35件にまで改善。そこからさらに看護部を中心に病院が一丸となり、2年後の2002年3月に抑制ゼロを達成しました。

 

抑制廃止宣言に先立ち、職員へのアンケート調査を実施。賛成・反対の意見を聞くとともに、抑制廃止を行う際の留意点や懸念点などの情報を集約しました。そして部門ごとのトップマネージャーたちと意思を確認したうえで、私は院長として全職員に向けて講演を行いました。その際に伝えたのは、「抑制廃止の過程で万が一事故が起こったときには院長が一切の責任を持つ」「急がず慎重に、抑制を解く方法を検討してほしい」ということです。

 

抑制廃止に向けた段階的な取り組み

私たちは、3つのステップに分けて目標設定と取り組みを行いました。

まず第1段階の目標設定として、抑制を外しても大丈夫と思われる方から外すこと、ご本人やご家族の理解を得られない場合には無理をしないこと、職員全員が抑制廃止への意思を統一させることを決定。抑制している患者さんの様子を観察し、抑制を外せる方は外していきました。また、抑制廃止検討委員会を発足させ、抑制廃止が困難な事例については多職種で協力し1つ1つ解決するよう努めました。

第2段階では、抑制をゼロに近付けるために安全に考慮しながら方法を検討し、実践することを目標として、患者さんの状態を把握して地道に行動を見守り、リハスタッフと協力してケアプランを実践。抑制廃止が難しい事例について試行錯誤しながら少しずつ抑制を解いていきました。

第3段階では、抑制廃止が困難な患者さんに関して抑制を外す方法を検討して実践することを目標とし、ハード面の強化に取り組みました。たとえば、低床ベッドの導入や車椅子の調整です。低床ベッドによって転落の危険性が減るため柵の使用をやめたり、座位保持装置付きの車椅子を導入して体の固定をやめたりしました。

 

定山渓病院の低床ベッド

 

抑制をしないケア――実践における具体的なポイント

抑制をしないケアを行うための具体的なポイントをご説明します。

まず入院時の対応として、入院前の情報からアセスメントを行い、カンファレンスで情報共有とケア方法の検討を実施。必要な物品(ベッドや車椅子など)を準備します。入院時にはリハスタッフと共にADL(日常生活動作)を評価し、転倒・転落の危険性がある場合にはセンサーマットの使用を検討します。また、チューブ類の抜去を予防するために、経管栄養の種類や注入方法を検討、チューブ保護する工夫を行います。たとえば、腋(わき)にクッションを挟んでチューブ類に触れないようにする、チューブの一部をテープで胸に固定するなどの方法です。トイレでは転倒予防のために補助バーを下ろしたり、ナースコールの位置を確認したりします。また、職員の目が患者さんに届きやすいナースステーション前やデイルームなどで過ごしていただくことも重要です。さらに抑制廃止を継続するために、職員採用時の研修に加え、入職後に実施する講義や、抑制廃止検討委員に向けた講義などを欠かさずに行っています。

 

定山渓病院における抑制廃止検討委員会の様子

 

抑制廃止に取り組んだ事例の1つを紹介

90歳代の女性(アルツハイマー型認知症の患者さん)が当院に転院されてきました。有料老人ホームに入所中、食事量が低下、体重減少があり前病院に入院され、中心静脈栄養を行っていたとのこと。チューブを抜去してしまうことから抑制(ベッド柵、ミトン使用、体幹抑制、つなぎ服の使用)があり、終日ベッドの上で過ごされていたようです。次第に笑顔がなくなり、ご家族に「部屋に戻りたくない」と訴えたため、当院へ転院されてきました。

当院では入院時から抑制をなくすべく状態を観察。ベッドからの急な立ち上がりがあったため、転倒防止のために低床ベッドとセンサーマットの使用を開始するとともに、職員がすぐに駆けつけられるようナースステーション近くの病室を準備しました。自由な時間を確保するために、医師に相談のうえ中心静脈栄養は24時間ではなく日中のみに変更し、見守りを行うことを前提として自由に歩ける環境を整備。その後、嚥下造影検査(えんげぞうえいけんさ)を行いながら可能な範囲で摂取量を増加していき、中心静脈栄養を最小限に抑えました。このような取り組みの結果、患者さんの笑顔が増え、一部介助の入浴ができるまでに状態が回復。ご家族も患者さんが穏やかな表情で過ごすのを見て安堵されていました。

 

抑制廃止による効果

抑制を廃止したことで、患者さんの表情が明るくなり、患者さん1人1人の持つ残存能力が明らかになりました。当初はご家族が抑制を外すことを拒否したり不安を感じていたりしたケースでも、実際に患者さんの表情や状態が変わったことで安堵されていました。院内の変化としては、看護師は“抑制をしないためにはどうしたらよいか”を考えるようになり、患者さんの状態を把握する能力が向上しました。看護師と介護職員によい意味での緊張感と前向きな姿勢が生まれ、病棟全体が活発な雰囲気になったこともよい影響です。

抑制を廃止すると転倒や転落が増加するのではないかと心配される方もいるかもしれませんが、当院では抑制廃止後に転倒・転落・骨折は増えず、むしろ減少しました。

 

写真:PIXTA


抑制廃止に取り組みたいと考える方々へ

中川 翼先生より

これから抑制廃止に取り組もうと考えている医療・介護関係者の方々には、以下の冊子を指針にしていただければと思います。また、全国的に抑制廃止研究会や、研修会などが行われておりますので、積極的に参加し、是非ノウハウを吸収してください。

 

【参考冊子】

1. 北海道抑制廃止研究会編:抑制(身体拘束)除去困難事例集、A4版、全69ページ、2000年11月(希望される方はFAX:011-598-2079 中川 翼先生へご連絡ください)

2. 厚生労働省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」編:身体拘束ゼロの手引き~高齢者ケアに関わるすべての人に~、A4版、全80ページ、2001年3月(インターネットからダウンロード可能です)

3. 日本慢性期医療協会・運営委員会編:身体拘束廃止のためのケアの工夫実践事例集~ファースト・ステップ~、A4版、全21ページ、2013年4月(希望される方は、厚生科学研究所 FAX:03-3400-6017へご連絡ください)

4. 中川 翼、大高 麻紀子、中西 克彦、田中 かおり他職員一同:抑制(身体拘束)ゼロの達成とその継続~定山渓病院20年間の歩み~、A4版、全99ページ、2020年4月(希望される方はFAX:011-598-2079 中川 翼先生へご連絡ください)

 

田中 かおりさん、大高 麻紀子さんより

抑制廃止に取り組もうと思ったとき、障壁となるのは“医療安全の観点”です。患者さんを抑制しないことで転倒や転落のリスクが上がるのではないか、管を抜いてしまい命に関わる状況が起こりうるのではないか、と考えるのは現場で働く者として当然のことかもしれません。これが、抑制廃止に踏み出せない理由なのだと思います。

しかし、私たちがこれまで抑制廃止に取り組み、実現したように、どの病院でも抑制廃止を叶えられる可能性はあるのです。たとえば自由に動いてしまう患者さんに対して真っ先に“縛る”と考えるのではなく、人は皆本来歩くのだから、転んだときにけがをしないように環境を整えよう、という発想に切り替える。そのような1つ1つの発想の転換が、抑制廃止の実践につながります。どうか諦めずに、抑制廃止を叶えていただきたいです。

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