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慢性期医療における介助犬の役割

日本介助犬協会 理事長 高柳 友子先生

介助犬は、障害者が自立した社会生活を送る手助けをしています。これは日常生活における物理的な支援だけでなく、周囲の方々と障害者をつなぐ架け橋という意味も含まれます。介助犬を導入することで、パートナーの社会生活にはどのような変化が生まれるのでしょうか。介助犬が果たす社会的な役割や、慢性期医療に関わる医療従事者が知っておくべきことについて、医師であり日本介助犬協会の理事長を務める高柳 友子(たかやなぎ ともこ)先生にお話を伺いました。


障害者が社会で生きるうえで介助犬に期待できる役割

周囲の認識の変化──“障害者”から“介助犬を連れている人”へ

手足に障害がある方が介助犬と共に行動することで、周囲の人々の捉え方は、“障害者”から“介助犬を連れている人”へと変化します。

たとえば、健常者だった方がある日突然事故に遭って障害者となった場合、その日から見える世界は大きく変わります。周囲から“障害者”として扱われ、かわいそうという感情を抱かれることもあるかもしれません。しかし、“介助犬を連れている人”と代名詞が変わることで、犬をきっかけに話しかけられることが増え、周囲とコミュニケーションを取りやすくなります。このように介助犬は、パートナーが社会参加しやすくなる効果(社会的潤滑油効果)を持っているといわれています。

 

「助けて」と言う勇気を後押し──障害者と医療・社会の窓口になる

介助犬と共に暮らすことで、周囲に助けを求めやすくなったと感じる方もいます。介助犬を通して周囲とのコミュニケーションが生まれたことに加え、常に寄り添ってくれる介助犬の存在が、閉ざしがちだった心を開く後押しになるのかもしれません。

さらに介助犬は社会との窓口だけでなく、病院との窓口になることもあります。過去に介助犬を希望した障害者の中には、病院と距離を置いてしまっている方々も少なくありませんでした。主治医がいないまま生活していたため、障害者手帳を持っていなかったり、適切な障害等級の認定を受けていなかったりもしました。介助犬の導入は、そういった方々が適切な医療へアクセスするきっかけになると期待できます。

 

周囲が「手伝いましょうか」と声をかけるきっかけになる

介助犬と共に暮らすことは、障害者が周囲の方々とつながるきっかけを増やします。障害者支援のボランティアに対してはハードルが高いとためらってしまう方も、介助犬の世話をするボランティアに対しては参加しやすいと感じるようで、同じ活動にもかかわらず、多くの人数が集まります。

介助犬は心のバリアがなく、誰に対しても心を開きます。犬のネアカな性格がボランティアの方々を巻き込むことで、障害者ともコミュニケーションが取りやすい雰囲気を作ってくれるのではないでしょうか。大抵の場合、ボランティアの方々が犬の世話のみにとどまることはなく「何かできることがあればお手伝いします」といった障害者に対する声かけや、ほかの支援活動につながっているように思います。


慢性疾患の患者さんが生活するなかで介助犬に期待できる役割

パートナーが常に抱える不安を取り除く

手足に障害がある方は、物を落としやすいことや緊急時に誰にも見つけてもらえないことに対する不安を常に抱えているようです。介助犬は、これらの不安を取り除くうえで大いに役立ちます。

たとえば、落とした物を拾う際、体のバランスを崩して車椅子から落ちてしまうかもしれません。物を落とさないよう常に気を張りながら生活しているとおっしゃる方々も少なからずいます。そのような方に対して介助犬は「物を落としてもすぐに拾ってもらえる」という安心感を与えてくれます。緊急時に人を呼んできてもらえたりすることも、手足に障害がある方にとっては大きな安心感につながっているようです。

ドアを開ける介助犬 写真提供:日本介助犬協会

 

パートナーの規則正しい生活を支える

介助犬の世話を通してパートナーの生活リズムが自然に整うことも、介助犬と共に暮らすよさの1つです。犬は規則正しい生活を送る生き物なので、朝早くから散歩やご飯をねだって起こしに来ます。パートナーは、自分1人であれば朝起きるのがつらくて遅くまで寝てしまうような日も、介助犬の世話をするために起きることになるでしょう。

そうした日々を繰り返すうち、パートナーは、世話をし続けられている自分に自信が持てるようになります。毎朝散歩することでちょっとした幸せに気付いたり、近隣住民との会話が生まれたりすることで、見える世界が変わったと話す方もいます。

また、介助犬の排泄の世話をすることで、自分の導尿(尿道出口に管を入れて尿を体外へ出すこと)も規則正しくできるようになった例もあります。障害者は導尿に時間がかかるため、職場などで気を遣って我慢した挙句、膀胱炎になってしまう人もいます。介助犬の排泄を理由にすることで、周囲に遠慮せず堂々とトイレに行けるため、自分の導尿も適切な間隔でできるようになるそうです。

 

自分自身の健康のために毎日規則正しい生活を続けることは、健常者でさえ簡単ではありません。介助犬という愛すべき存在がいることで、自分1人では難しいこともできるようになるのではないでしょうか。


介助犬を取り巻く医療現場の環境

医療機関に浸透していない介助犬の存在

以前、補助犬(盲導犬、介助犬、聴導犬の総称)に関する法律は盲導犬に対する道路交通法しか定められておらず、介助犬は医療機関に入ることができませんでした。2002年に身体障害者補助犬法が定められて以降、全ての補助犬が社会参加できるようになりましたが、現在もなお、介助犬と一緒に病院内へ入ることは容易ではありません。理由としては、医療従事者が施設内に犬を入れるという状況に不慣れなことや、狂犬病などの人獣共通感染症に対する過度な警戒心を持っていることなどが考えられます。

 

病院に犬の存在を普及するための取り組み

病院に犬の存在を普及させる取り組みとして、Dog Interventionというプロジェクトを行っています。医療従事者と患者さんの間にDI犬(勤務犬)を介在させることで、より円滑なコミュニケーションを促す取り組みです。DI犬を介在させることで、患者さんはもちろん、医療従事者にとっても癒しにつながっているように感じます。Dog Interventionでは、取り組みを通して医療機関における介助犬の同伴拒否をなくすこと、日本中の病院で犬のいる光景が当たり前になることを目指しています。


介助犬の普及に向けて医療従事者の方々へのメッセージ

介助犬に興味を持っている患者さんと接する際は、どうかご本人の気持ちを後押ししてほしいと思います。

障害者やその家族の中には、大型犬の世話は大変だからと言って介助犬と暮らすことを諦めてしまう方も少なくありません。しかし、そのちょっとした大変さは、障害者に責任感や使命感、生きる意欲を与えてくれます。

また、ご本人が介助犬に興味を持っても、家族に反対されてしまうこともあるようです。家族が、介助犬の世話は自分たちがすることになると勘違いし、手間が増えるのではないかと杞憂するためです。しかし、実際に介助犬の世話をするのはパートナー自身です。

介助犬とパートナーが自立した生活を送れるようになるために、日本介助犬協会では一人ひとりに応じたサポートを行いますし、もしパートナー1人で世話をすることが難しければ、地域のボランティアの方に援助依頼も可能です。

 

ですから、主治医をはじめとする医療従事者の方々には、実際に介助犬を導入できるか否かの判断を下す前に、ぜひ当会へ気軽にご連絡いただければと思います。障害者が介助犬に興味を持ったということは、自分が抱えている課題を解決したいと考え、医療従事者を頼ってくれたということではないでしょうか。そのような患者さんの気持ちをむげにせず、どうか後押ししてほしいと思います。

 

加えて、医療従事者の方々にも介助犬について知る機会を持っていただきたいと考えています。当会では、病院でのイベント開催やデモンストレーションなども可能なので、気軽に声をかけてください。医療従事者が正しい知識を持つことで、介助犬の導入がリハビリテーションや介護士の導入と並ぶ当たり前の選択肢となれば嬉しく思います。

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