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実験とコンピューターを駆使、“次の新型”克服に挑む――ウイルス研究者の思い

東京大学医科学研究所感染制御系システムウイルス学分野 准教授 佐藤佳先生

これまでに全世界で1億9700万人以上が感染し、420万人以上を死に至らしめた新型コロナウイルス(2021年8月5日時点:厚生労働省データ)。ワクチン接種が進んでいる国も増えてきましたが、現在進行形での災禍としてその克服は社会的な課題となっています。そんな新型コロナウイルスに対して、ウイルス学の研究者としてアプローチする佐藤 佳(さとう けい)先生(東京大学医科学研究所 感染制御系システムウイルス学分野 准教授)。ウイルス研究にかける思い、未曾有の事態を解決するべく取り組んでいることを伺いました。


奥深いウイルスの世界

ウイルスは初め病原体として発見され、現在ではヒトや動物の体に常在していることや体に必要な機能に関与している可能性が徐々に明らかになってきたことは、記事1でお話ししたとおりです。

ウイルスは細菌と異なり自己増殖できません。宿主であるほかの生物の体を利用して増殖する様は、動物行動学者リチャード・ドーキンス氏の著書『利己的な遺伝子』でいわれる遺伝子を中心とした生物のあり方、つまり私たち人間を含めた生物個体は遺伝子が自らのコピーを残すための“乗り物”であるという発想を体現しているようにも思えます。

この発想に立ちウイルスがうまく増殖している例として、直感的に思い付くのはヘルペスウイルス(単純ヘルペス1型、単純ヘルペス2型)です。なぜならこれらは非常に感染力が高く、多くの人が日常的に感染しているからです。世界で50歳未満の37億人(全体の67%)が1型に、15〜49歳までの4億1700万人(全体の11%)が2型に感染していると推定され、しかもほぼ常在しているような状態です。仮にヘルペスウイルスに生存戦略があったとしたらそれは“成功”といえるでしょう。

 

口唇ヘルペスの皮膚症状 写真:PIXTA

 

逆に、エボラ出血熱を引き起こすエボラウイルスは“失敗”例の1つかもしれません。簡単には人から人へうつらず、しかも症状が重く死亡率が平均50%と高いです。宿主が命を落とせば、自己増殖できないウイルスは伝播しにくくなります。


近年ウイルスの定義は揺らぎつつある

ウイルスは非常に小さく、光学顕微鏡よりも拡大率の高い電子顕微鏡でしかその姿を捉えることができません。遺伝子である核酸(DNAかRNA)と、それを包み込むタンパク質の殻(カプシド)のみで構成されています。種類によっては外側に脂質とタンパク質の膜(エンベロープ)が存在する場合も。ほかの微生物と異なり、細胞壁や細胞膜、細胞質、核などの構造を有しません。

このように定義付けられていたウイルスですが、2000年代頃からは細菌に匹敵するサイズの“巨大ウイルス”がいくつも発見されています。

その発端となったのがフランスで発見された“ミミウイルス”です。通常ウイルスの大きさは10~300ナノメートル(1ナノメートル=0.000001ミリメートル)ですが、これに対してミミウイルスは750ナノメートル以上もあるのです。

しかも、巨大ウイルスの中にはリボソーム(タンパク質の合成装置の役割をする構造)に関係する遺伝子を持っているものがあることも示唆されています。宿主のリボソームを利用するとされていたウイルスは、この点でも従来の定義が揺らぎつつあるのです。

このように、現在は新たな発見とともにウイルスとして定義されていたものの境界線が徐々にあいまいになっています。今後さらに研究が進めば、ウイルスの概念が大きく覆される可能性もあるでしょう。


研究者に憧れた高校時代

私は「ウイルスはどこから来たのか」「異種間でどのようにウイルスが伝播するのか」など、基礎的でストーリー性のある問いを追究することに強く興味をひかれます。

高校生の頃からウイルスやバイオテクノロジーには関心があり、研究者に憧れていました。私が高校生だった2000年頃は、ヒトゲノムの構造が明らかになった時代です。映画『アウトブレイク』や漫画『20世紀少年』、小説/映画『リング』など、ウイルスが鍵となる作品が数多く登場しました。そのような作品の中で研究者は、謎を究明し世界の人々を救う存在として描かれます。自分もいつか研究者になり、有事のときに人々の役に立ちたい――。そう思っていました。

 

写真:PIXTA


新型コロナのような新興感染症は再び現れる

元々はエイズウイルスの研究をしていましたが、2019年末から新型コロナウイルスのパンデミックが起こり、状況は変化しました。ウイルス研究者として今世界が直面している問題に取り組もうと思い、新型コロナウイルスの研究を始めたのです。

実は、パンデミックが起こる前は人間とウイルスが共存していくような牧歌的な未来像を描いていました。しかし、人間にとって脅威となるウイルスは“敵”となり、克服するべき課題となります。

ウイルス学者や研究者を含めた世界中の人々にとって、新型コロナウイルスパンデミックは“寝耳に水”でした。しかし、今後も同じように新興感染症が世界に広がる可能性は非常に高いです。今回の経験を無駄にしてはなりません。その場しのぎで取り繕うという発想では、同じように社会は混乱し、悲劇が繰り返されるでしょう。


研究コンソーシアムで有事に備える

今回の経験を基に、研究コンソーシアムG2P-Japan(The Genotype to Phenotype Japan)をつくりました。G2P-Japanは主に国内の若手研究者で構成される組織で、メンバーにはウイルス学や生物学、獣医学の研究者がいます。将来的な構想として、有事の際に即時に研究者たちが集まり、知恵を集約できる体制・チームとなることを目指しています。

今まさに有事のなかで、新型コロナウイルスに関する研究を進めています。たとえば、懸念すべき変異ウイルスに認定されているカリフォルニア株とインド株(デルタ型)に共通するスパイクタンパク質(感染時、細胞表面にウイルスが結合するのに必要なタンパク質)の変異が、HLA-A24という白血球タイプによる免疫のはたらきを抑制することを発見しました。HLA-A24は日本人の60%が持っており、カリフォルニア株とインド株が日本人にとってほかの変異ウイルスよりも危険である可能性が見出されたのです(現在カリフォルニア株の流行規模は減少傾向にある)。


将来のウイルス学を担う人材を求めて

日本では少子化が進み、さまざまな分野で学生の数が減少しているようです。ウイルス学も例に漏れず同様の傾向が見られ、この道を歩む研究者として現状を危惧しています。

私は今回のパンデミックという危機に直面し、図らずも、数あるウイルスの中から新型コロナウイルスの研究を始めることになりました。ウイルス学は知的好奇心を強くかき立てられ、世の中の出来事を解き明かすことにつながる非常に奥深い分野です。熱意ある若手研究者もたくさんいます。1人でも多くウイルス学に注目してもらえたら嬉しいです。

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