良質な慢性期医療が日本を強くする!慢性期.com

  • facebook

地域包括ケアシステムとは――その必要性と成立までの経緯

埼玉県立大学 理事長 田中滋先生

西欧・北欧諸国などと同様、著しい高齢者増が進展する日本。団塊の世代が75歳以上となり始める2022年以降、医療・介護の需要がさらに高まると見込まれています。このようななかで各地の自治体が推進する“地域包括ケアシステム”は、どのような歴史を辿り成立したのでしょうか。その経緯と必要性について、地域包括ケアシステムの構築に携わってきた埼玉県立大学 理事長の田中 滋(たなか しげる)先生にお話を伺いました。


地域包括ケアシステムとは何か――その必要性と成立の経緯

地域包括ケアシステムとは、介護、医療、予防、住まい、生活支援が一体的に連携をとって提供される体制のことです。急速に高齢者増が進展する日本において、団塊の世代が75歳以上となる2022年以降、住民の医療・介護に対する需要がさらに高まると見込まれます。そのため各地の自治体は、可能な限り住み慣れた地域で自分らしい生活を送り続けられるよう、2025年を第一の目処に地域包括ケアシステムの構築を推進してきました。

 

始まりは“保健・医療・福祉の連携”

地域包括ケアシステム論は、時代の流れに沿って発達してきました。その始まりは1970年代半ば、広島県の御調町(みつぎちょう:現 尾道市の一部)の国保病院(現 公立みつぎ総合病院)山口 昇(やまぐち のぼる)院長主導による、退院後の再増悪・再入院を減らす取り組みでした。御調町は介護保険制度が始まる前から全国に先駆けて保健・医療・福祉の連携体制の構築に取り掛かり、国保病院はその中で、入院医療と“出前”医療、施設ケアと在宅ケアをつなぐ体制の構築にあたり、中心的な役割を担っていたのです。

 

広島県御調町の風景 写真:PIXTA

 

このエピソードが象徴するように、地域包括ケアシステムは最初、病院医療と地域福祉の連携から始まりました。急性期医療で患者さんを治療し自宅に戻したとしても、心不全や脳卒中、呼吸器不全など、入院の原因となった病気が再発してしまう可能性があるため、元の環境とは違う生活にしなければならない。加えて、介護サービス(当時はそうした言葉はありませんでしたが)も組み合わせる必要があったのです。患者さんを治す医療と、生活を支えるための福祉サービスを連携させ、住み慣れた地域で最期まで暮らせる環境をつくる、まさに地域包括ケアシステムの根源となる考え方です。

 

今に続くコンセプトの形成

御調町国保病院に続き、尾道市医師会、新潟の長岡福祉協会、埼玉県和光市、東京都武蔵野市や稲城市などの先進的取り組みから始まった地域包括ケアシステムづくりは、2003年頃から政策論として取り上げられるようになりました。2008年には地域包括ケア研究会が発足し、要介護になった人が住み慣れた地域で安心して暮らし続けるためには、介護はもちろん、医療、予防、住まい、生活支援の一体的な提供が必要であるという考え方が形成されていきました。これが今に続く、地域包括ケアシステムの核となるコンセプトです。

 

重要性が高まる“生活支援”の視点

その後の社会状況の変化を受けて、“要介護ではない人たち”のことも意識した地域包括ケアシステム論へと進化してきました。理由は、これから85歳以上の超高齢人口の急速な増加が見込まれ、その中には多くの“要介護ではない人たち”も存在するからです。そこで、要介護となる時期をできる限り後ろ倒しするためのフレイル予防・介護予防の視点とともに、日常の暮らし支援、たとえば買い物や通院の困難を減らす工夫、社会的な孤立を防ぐための通いの場所整備、そして住まいにおいてSNSやネットバンキングなど生活上必要なオンラインツール等を何とか利用するための支援なども重要視され始めています。

そして現在はさらに、地域包括ケアシステムを活用した共生社会という目標が設定されました。高齢の方だけではなく、障害のある方や子どもの医療・介護・ケア・保育、そして社会参加ニーズにも対応し、本人が望むならば住み慣れた地域で、孤立せずに暮らし続けられるまちづくり論へと深化しつつあるのです。

 

 

写真:PIXTA

 

社会のニーズに対応しながら発展してきた歴史

ここで地域包括ケアシステムの前史を振り返ると、医療・介護分野では、社会のニーズに対応するためのシステム整備が新たなニーズを生む繰り返しが起きてきたと分かります。

第二次世界大戦後、急性期医療の発達と皆保険制度導入によって、1980年頃までは死因の第1位であった脳血管障害、あるいは交通事故などの救命治療が行きわたっていきます。

ただし、傷病発生直後の死亡が減っても完治するのではなく、後遺症で介護を必要とする人が増えました。それに対応するための介護提供体制と保険制度がつくられ、介護を必要とする人がサービスを受けられるように変わっていきました。すると、急性期病院からの自宅退院ないし回復期・慢性期病院や介護施設への移行に伴う、急性期医療・慢性期医療・介護の連携協働が課題になったのです。これこそ、地域包括ケアシステム構築が求められるようになった社会の新たなニーズにほかなりません。

一方、「高齢の方全員が要介護者ではない」との認識も大切です。要介護認定を受けている人の割合は65〜74歳で2.9%、75歳以上で23.3%です(2017年データ)。すると、「残りの人は要介護になるまで地域包括ケアシステムを享受することはできないのだろうか」「いや、それはおかしい」と考えられて当然でしょう。加えて、前述のように85歳以上の人口の急増が見えています。そこで、日常の暮らし支援の視点がより重要視されるようになりました。このようにステップを踏みながら、歴史が形成されていくのです。


地域包括ケアシステムの構築に携わってきた田中 滋先生の思い

大学3年の頃、医療経済分野に関わるようになりました。50年以上前のことですね。さまざまな文献を目にし、統計を調べているうちに興味が湧いたのです。1969年から20年ほどは、医療経済学をベースとした医療政策を専門としていました。1990年頃に高齢者ケア政策の重要性が高まり、厚生労働省の若手官僚たちと共に勉強を始めました。そして、2003年に地域包括ケアシステム論にも視野を広げるようになったのです。

医療・介護を取り巻く社会のニーズは20年ほどで変化することを実感しています。そうした新たなニーズに対して、自分たちの持ちうる資源で何ができるかを考える、それがわれわれの仕事にほかなりません。多くの方々と共に、介護保険制度の創設や地域包括ケアシステムの構築に携わり、その結果、社会が変化していく様子を感じられた経験は、政策研究に関わる者にとって大きな宝となっています。

 

 

ところで、医療と介護の世界には、3つの要素があります。1つ目は技術、すなわち新しい手術手技やケア技術、医薬品、介護ロボット、AI技術などです。技術革新がなければ医療・介護は進化しません。2つ目にその技術を使うための提供体制があげられます。病院、特別養護老人ホーム(特養)、介護老人保健施設(老健)、介護付きホーム、そして外部サービスを受け入れやすい自宅などが整備されなければ、せっかくの新技術を使えません。3つ目は、医療・介護サービスを経済面から支える社会保障制度です。保険料と公費財源を払ってくれる人々がいるからこそ、私たちは、必要なときに必要な医療・介護サービスを受けられる。つまりは社会の安寧のために、住民や事業主が経済力に応じ何かしらの負担をしているのです。医療・介護の分野では、これら3つの要素をそれぞれ伸ばしていく広い視野が欠かせません。

地域包括ケアシステムは万能ではありませんが、それぞれの生活圏域に適合する形で医療・介護・保健・福祉が連携・協働し、予防、住まいと日常の暮らし支援まで見据え、さらに多様な生き方を尊重する共生社会に向けて、これからも尽力していきます。

記事一覧へ戻る

あなたにおすすめの記事