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周囲の“優しさ”が本人を追い詰める――39歳で若年性認知症を発症した丹野智文さんのお話【1章】

丹野智文さま

近年、高齢化の進展とともに認知症の患者数は増加を続けており、2025年頃には高齢の方(65歳以上)の認知症有病率は20%を超える(5人に1人が認知症)と推計されています。一般的に認知症は高齢の方に起こりやすい病気ですが、一部は若年の方(65歳未満)でも発症することがあります。このような“若年性認知症”の患者さんは日本に約4万人弱いますが、周囲の理解や社会的支援が不足している現状です。39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断され、現在は同じような状況の方々をサポートするべく活動している丹野 智文(たんの ともふみ)さんに、今の思いを伺いました。【1章】

 

※本記事は、2020年12月2日(水)、3日(木)に開催された日本慢性期医療学会のプログラム『2040地域共生社会の中で認知症の人とどう生きるか』における丹野さんの講演をまとめたものです。

※厚生労働省による若年性認知症ハンドブックはこちらをご覧ください。


若年性アルツハイマー型認知症と診断されたとき

当時、宮城県仙台市の自動車販売会社に勤め、営業の仕事をしていました。家庭では2人の娘を持ち、日々の仕事に打ち込んでいました。

若年性アルツハイマー型認知症と診断されたのは2013年、39歳の頃です。実は、その3年ほど前から少し異変を感じていました。というのも、仕事をするなかで記憶力の低下を感じ、メモを手放せなくなっていたのです。時間の経過とともに、一言のメモだとどのような内容かを思い出せなかったり、お客さんの顔を忘れてしまったりするようになっていました。しかし、当時はまさか自分が病気だとは思ってもいませんでした。

あるときついに同僚の顔と名前が分からなくなり、これはおかしいと自覚してクリニックを受診しました。専門病院での精密検査、大学病院で複数の検査を受けた結果、“若年性アルツハイマー型認知症”と診断を受けたのです。


認知症本人を取り巻く環境はいまだ厳しい

診断を受けた後いろいろなところに相談しましたが、されるのは“病気が重度になってからの介護保険の話”ばかり。私が本当に欲しい情報は手に入りませんでした。「すぐに会社を辞めてデイサービスに行ったら?」とすすめられたこともあります。どのようにしたら今までの生活を続けられるのか。それを知りたかっただけなのに、誰もその答えを持っていませんでした。

 

当時も現在も、認知症の当事者を取り巻く環境は厳しいものです。本人の意思とは関係なく、家族と支援者のみで物事が決められています。自分が認知症と診断されてから感じたことは、与えられるのは認知症が重度になってからの情報ばかりで、当事者へのサポートや、自分で物事を決めるという視点がまったくないということです。

相談をすればすぐに介護保険を勧められ、本人の意思とは関係なくデイサービスに無理やり通わされるのはなぜでしょうか。「行きたくない」と自己主張すると、「拒否だ」と言われるのはおかしくないですか。皆さんは、高校や大学などの進路を自分で決めたはずです。もし親がよかれと思って勝手に進路を決めたら反発するのは当然ですし、自分の意思で「行かない」と決めることもできるはずです。しかしそれが認知症になると、周囲が決めたとおりにならないと「拒否」と言われ、反発すると「BPSD(認知症に伴う行動・心理症状)」と言われ、認知症が悪化したなどと決めつけられます。明らかに周囲の人たちが怒らせているのに、「認知症のせいで怒りやすくなった」と言われたこともあります。

 

写真:PIXTA


周囲の“優しさ”が認知症本人を追い詰める

認知症と診断されてから将来が見えなくなり、不安と恐怖から目の前が真っ暗になりました。1年半は、毎晩泣いてばかりいました。泣こうと思って泣いているのではなく、不安と恐怖に心が押しつぶされそうになり、1人になると自然に涙が出てきたのです。そしてさらに周囲の人の優しさによって絶望していきました。

「なぜ優しいのに落ち込むのか」と皆さんは思うかもしれません。しかし、それまで自分で決めたり行動できたりしたことを急に制限されたら、どう感じるでしょうか。

診断直後から、家族や支援者は本人が困らないよう先回りしてリスクを回避しようとします。「道に迷うかもしれないからと」外出を禁止したり、財布を取り上げたりする。それが本人への優しさだと考えているのだと思います。そのような周囲の“優しさ”によって、当事者は気持ちが落ち込んでしまうのです。私自身もそうでしたし、今まで会ってきた認知症の当事者にもそのような人はたくさんいます。周囲の人が、本人の意思とは関係なく管理や制限を始めるのです。


認知症と診断が付いただけなのに――優しさによる善意の支配

「認知症だから道に迷う、物をなくす」という心配ゆえの優しさなのですが、本人からすると、周囲の心配ゆえに“自分の生活を支配される”ということになります。

ただ認知症と診断が付いただけで、本人にとっては何も変わらないのに、自分では何一つ決められない生活が始まるのです。さらに、「病気の進行を遅らせたい」という家族の優しさから、脳トレーニングや小学生レベルの計算ドリルなど、世間で認知症予防によいとされるものをやるよう勧められます。あるときは認知症によいとうたうサプリメント、食用オイル、アロマテラピーなどを試し、グルテンフリーが認知症によいと噂を聞けば小麦が禁止され、さらにはお酒もよくないと勝手に決めつけられ、制限されてしまう。「火の不始末が怖いので一人暮らしをやめたほうがよい」と言われた人もいます。

このようなことが積み重なり、認知症の当事者は自信と笑顔を失っていきます。気分が落ち込み、自宅の中で過ごすことも増えていきます。すると「認知症が進行した」と思われる。心配した家族や周囲の人たちは「人との交流を増やさないと」と考え、本人が行きたくもないデイサービスに行くよう勧める。このような悪循環に陥ってしまう人を数多く見てきました。

 

また、女性の当事者を見ていると、お化粧もさせてもらえない人がいます。本人は「素顔のまま人前に出るのは恥ずかしい」と思っているのに、人と交流したほうがよいからと無理やり外出させられる方もいました。認知症になる前はいつもちゃんとお化粧をして外出していた方が、認知症になった途端、素顔のまま外に出されてしまうのです。これでは、本人が外に出たくないと思うのは当たり前ではないでしょうか。怒って抵抗するのも当然です。しかし、抵抗したり怒ったりすると、認知症の症状だと思われる。そして“何もできなくなった人”というレッテルを貼られ、自由な生活ができなくなってしまうのです。


その“優しさ”は誰のためか

このような一連の流れが、認知症になった多くの当事者に起こるのです。もちろん症状は確かにあるのでしょうが、本人にとってはただ認知症という診断名が付いただけで、そのほかは何も変わらない、本人のままです。しかし、周囲の人たちが変わってしまう。これはきっと“優しさによる善意の支配”なのだと思います。

しかし、周囲から心配されるほど、本人は自分の行動に自信を失います。その心配は、その優しさは誰のためですか。本人のためではなく、周囲の人たちが安心するためのものではないですか。そのことを皆さんにどうか今一度考えていただきたいのです。

※お話の続きはこちらの記事をご覧ください。

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