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医療・介護の現場で起こりうる臨床倫理の問題とは?―実際の相談を例に

東京慈恵会医科大学附属柏病院 総合診療部 診療部長/教授 三浦靖彦先生

“臨床倫理”とは、医療・介護の臨床現場で起きる問題を倫理的視点から検討するアプローチを指します。がんの治療選択や生命維持治療の中止など、患者さんとご家族にも深く関わる臨床倫理の過程では「医療・介護従事者が患者さんやご家族とどうコミュニケーションを取ればよいのか」「人にとって何が価値あることか」「医療とはそもそも何か」など多岐にわたる問いに思いをめぐらせ、個々のケースに応じた答えを見つけていきます。実際の現場では、どのような問題が起こるのでしょうか。長年臨床倫理の問題に取り組み、啓発・研修活動を精力的に行う三浦 靖彦(みうら やすひこ)先生(東京慈恵会医科大学附属柏病院 総合診療部 診療部長、教授)にお話を伺いました。


実際の医療現場で起こる“臨床倫理”の問題

大学病院など大規模な医療機関では、救急の現場における倫理的な問題が多く見られます。実際、当院内で臨床倫理委員会・臨床倫理コンサルテーションチームに寄せられる相談のおよそ6割は、救急医療に関するものです。

相談の内容で多いのが、“本人の意思が分からない”というもの。在宅療養中の方の状態が急変し病院へ救急搬送されてきた場合に、積極的に治療をしたらよいのか、それとも延命治療はあまりしないほうがよいのか、本人の意思が分からないという問題です。今は一人暮らしをしている高齢の方も多く、まったく情報がないこともあります。また、同居しているご家族がいたとしても、本人の意向を推定できないケースも多いです。

次に多いのは、本人の意思に基づき積極的な治療を始めたけれども、しばらくしてご家族が「積極的な治療をやめてほしい」と要望してきた場合の相談です。

また救急以外では、たとえばがんの患者さんなど、医学的にはまだ治療できる可能性があるにもかかわらず、本人が治療を拒否しているケースがあります。この場合、本人が治療を拒否しているからといって治療をしなくてよいのかという問題に直面します。


臨床倫理の問題は“在宅医療の現場”にも多い

在宅医療でも臨床倫理の問題に直面することは多いです。その内容としてよく見られるのは、本人の意向が医学的な観点で理にかなわないものである場合や、逆にあまりにも早い段階で本人が治療を諦めてしまった場合の対応方法についてです。また、本人の意向と家族の希望が合致しない、本人の意向が医療スタッフの考えと一致しない、医師(在宅医)と看護スタッフの考えが一致しない、このまま患者さんを在宅で診ていてよいのか判断に迷う、といった例も多く見られます。

特に在宅医療の現場は、病院と異なり関わるスタッフが少ないため、必然的に相談できる存在が少なくなり、「自分の考えだけで患者さんの意向を受け入れて(受け入れなくて)よいのか」と不安に思う方が多いようです。本人の意向を尊重することは大前提ですが、その意向に医学的状況が合致しているかどうかも考えなければなりません。本人の意向をそのまま受け入れがたいケースに直面したとき、医療・介護者はとても悩みます。

 

写真:PIXTA


これまでの講演や研修などで受けた相談内容

臨床倫理に関する活動のなかで、数え切れないほどの相談を受けてきました。その中でも特に難しい事例としては、神経難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんが人工呼吸器を外したいと希望している、透析治療を受けている方が透析を中止してほしいと言っているがどのように対応したらよいかなど、いわゆる延命治療の中止に関する問題があります。

また、精神疾患の患者さんで、医学的には本人のために治療するべきにもかかわらず、本人が強硬に治療を拒絶しており、さらにご家族の理解が足りないという事例も見られます。そのまま治療をしなければ1〜2か月で亡くなってしまう状況なのに、それをよく理解していないご家族から「本人の希望なので治療はしないでください」と言われてしまったことも。臨床倫理の基本は本人にとっての最善の道を多職種で考えることですが、このように本人やご家族が強く拒否していたら、最善と思われる治療・ケアを行うことができません。


新型コロナウイルス感染症と臨床倫理の問題

新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)が医療・介護の現場に与えうる臨床倫理の問題として“医療資源の配分”があります。たとえば、日本中で人工呼吸器が足りない状況になったらどうするのか、という問題。先着順(入院した順)も1つの方法ですし、あるいは新しい入院患者さんが来るたびにくじ引きをしてハズレを引いた人の人工呼吸器を外すという考え方もあります。

アメリカやヨーロッパでは実際に一時期このような人工呼吸器不足の問題が起きて、そのときには“生存可能性がもっとも低い人の人工呼吸器を外し、より生存可能性の高い人に付け替える”という基準が設けられました。ただ、もし日本で同じような方法を採用しようとした場合、文化などの違いからうまくいかない可能性があります。

このような医療資源の配分の問題に対して、現状はそれぞれの病院や医療従事者が自助努力で何とか対応しているのです。そうすると結局は、A病院に運ばれたら助かったけれどB病院に運ばれたので助からなかった、という事態が起こりかねません。COVID-19のような災害時における倫理についてもさらに考えていく必要性を感じています。

 

また、患者さんとご家族、医療者の中での問題もあります。たとえば新型コロナ病棟に入院した患者さんがご家族に会えない、感染症対策で面会制限を設けている施設に入所している認知症の方がご家族に会えず認知機能の低下が進んでしまう、あるいは新型コロナ病棟で働く医療者は自らの感染リスクを顧みずに仕事に従事するべきか、など。そういった多くの問題や課題に向き合い解決していくためにも、もっと多くの人・病院で臨床倫理的なアプローチが当たり前のように行われることを願い、私は現在の活動を続けています。

※臨床倫理の重要性が高まった背景については次の記事をご覧ください。

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