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前提を疑い「可能性」を信じ続ける――井川誠一郎先生の思い

平成医療福祉グループ 診療本部長 井川誠一郎先生

全国におよそ26の病院(合計4,000床ほど)と複数の介護施設、看護やリハビリテーションの専門学校を展開する平成医療福祉グループ。同グループの診療本部長であり、2022年度の診療報酬改定に関わる中央社会保険医療協議会(中医協)の入院医療等の調査・評価分科会委員も務める井川 誠一郎(いかわ せいいちろう)先生は、もともと心臓血管外科医でしたが2006年に慢性期医療の世界に飛び込みました。これまでのターニングポイントと医師としての思いを伺います。


医師以上に魅力的な職業はなかった

親戚には医療関係者が多く、特に母方は医者家系でした。幼い頃は母の実家に帰省する機会が頻繁にあり、仲良しの同年代のいとこたちは開業医の跡継ぎ――そんな周囲の環境も手伝って「将来は医者になる」と自然に考えるようになりました。

また、子ども心に衝撃を受けたのが、いとこたちが駄菓子屋のアイスクリームを無料で食べていたことです。それがツケであったことを後々知るのですが、当時の私は「医者の家はアイスをタダで食べられるのか!すごい」と思い、医師になるという夢が一気に膨らんだのです。

とはいえ幼い頃はテレビにも感化されやすく、獣医師やパイロット、料理人など「かっこいい」と思った職業に憧れたことも。ただ最終的には、自分にとって医師以上に魅力的な職業はなく、今の道へ進みました。医師は、自分の仕事を全うすると「ありがとう」と相手に言ってもらえる、不思議な仕事だと思いました。


僻地で働く叔父への憧れ

医大生の頃、僻地医療(へきちいりょう)に従事する叔父に憧れました。患者がいないときは波止場で釣りをする。そのうち看護師が「先生、患者さんが来たよ」と呼びに来て、治療したお礼はその日釣れた魚――そんな医療者と患者の関係も悪くないな、と思ったのです。

その叔父から「僻地医療で大切なことは、何かあったときに患者さんの命を一晩持たせること。そのために必ず心臓と肺は勉強しておきなさい」と教わりました。十分な医療・検査機器がなく、すぐに専門病院に患者を搬送できない僻地であっても、循環器・呼吸管理がきちんとできれば患者さんの命をつなぐことができる――。そう思ったことが、心臓血管外科医になった大きな理由です。

 

写真:PIXTA


心臓血管外科医から慢性期医療の世界へ

急性期医療から慢性期医療に転身したのは、家庭の事情です。妻が脳出血で倒れてしまったため、彼女のサポートができる職場かつ長期入院が可能な病院という視点を重視して2006年に豊中平成病院に移りました。自身が50歳頃のことです。

実際に慢性期医療に携わってみて、新たなやりがいや面白さを見つけました。病気だけを診ていては不十分で、患者一人ひとりを全人的に診なければならない。たとえば高齢者が肺炎を起こしたときに、肺炎の治療だけして安静にさせていたら、すぐに廃用症候群(体を動かさないことによって生じる障害の総称)に陥り入院が長期化してしまいます。それまで救急を含む急性期医療の現場で当たり前だったことが、慢性期医療では通用しないのです。

病気だけでなく、患者の全体像を把握して対応する。それがうまくいくと、急性期医療で「治る見込みなし」とされていた方が回復し、自宅に戻っていくこともあるのです。この瞬間のうれしさは何にも代えがたい、慢性期医療の醍醐味だと思います。若手医師の方はもちろんのこと、これから慢性期医療に転身される方には、それまでに培った経験や手技などの「武器」を生かしつつも「当たり前」を一度取っ払って、患者さんを全人的に治療・ケアする慢性期医療の難しさとやりがいを存分に味わっていただきたいです。


医師として「可能性を信じ続ける」

「可能性を信じ続けること」が、私の医師としてのポリシーです。たとえば事故で意識がなくなってしまった患者さんでも、リハビリテーションを根気よく続けると半年~1年後に目が覚めてまた動けるようになったり、ご家族が献身的にケアを続けていたら徐々に機能が回復し、ご自身で食事を取れるまでになったり――そういうケースを見ていると、可能性を信じ続けることの大切さを実感せざるを得ません。

ですから私は急性期病床の担当者から「この患者さんは動けません」「この方は意識がありません」と言われても、まずは疑ってみます。その申し伝えを真に受けて何もしなければ状態は変わらないでしょうが、諦めずに「なんとかならないか」「何かできないか」と挑戦し続ければ、回復するかもしれません。人間の生命力は、本当にすごいのです。

 

写真:PIXTA


患者さんが少しでも幸せになれる治療・ケアを

いつも目の前のことに一生懸命で、長期的な目標などはあまり立てないのですが、自分が担当した患者さんが少しでも幸せになれるような治療・ケアを提供し続けたいとは思っています。

以前は「ターミナル」と呼ばれていた「人生の最終段階」についても、それが本当にターミナルなのかどうか慎重に見極めなければなりません。現在に至るまで医療が発展を続けたのは、その時点でのターミナルを延ばそうと“悪あがき”のごとく研究を重ね、治療を試みてきたからです。慢性期医療というやりがいの大きな現場で、私はこれからも“悪あがき”し続けたい――そう感じています。

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