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入所者さんもスタッフも輝ける場所にしたい――山下 順子さんの介護士としての思い

城東病院 療養支援部 マネージャー 山下 順子さん

1983年の開院以来、高齢者の慢性期医療に尽力し続ける城東病院(山梨県甲府市)は、病気を診るだけでなく“一人ひとりの思い”に寄り添うことを何よりも大切にしています。現在は介護医療院も院内に開設しています。同院で“その人らしい人生を実現させる”という夢に向かい、日々奮闘しているのが介護士の山下 順子(やました じゅんこ)さんです。療養支援部(看護師・介護士・リハビリテーション職が一体となったチーム)でマネージャーとして活躍する山下さんに、介護士になったきっかけや、山下さんが目指す理想の介護についてお話を伺いました。


介護士になったきっかけ――職域を変えてチャレンジしたかった

理学療法士から介護士への転職を決意

私はもともと、理学療法士として当院へ入職しました。以前の職場でもリハビリ(機能訓練)を担当していたのですが、身体機能の維持・改善を追求するためには医療的な部分から勉強をし直す必要があると思い、慢性期医療に注力する城東病院への入職を決めました。

入職後、理学療法士としてリハビリに取り組むなかで「どのようなケアをしたら、この人の機能維持・改善ができるのだろうか」と悩む場面が多々ありました。関節の曲げ伸ばしや筋力の維持については理学療法士の専門領域ですが、その成果を実際の生活へと反映するには多職種での連携が欠かせません。各専門職が力を合わせて入所者さんのQOL(生活の質)・ADL(日常生活動作)の向上に向かって関わるのが理想ではありますが、実際の介護現場では専門領域ごとに業務が棲み分けされてしまっていることも珍しくありません。「このままでは入所者さんの最大限の能力を引き出せない」と感じた私は、思い切って入所者さんの生活にもっとも近い介護士へ転職することを決意しました。介護士としてほかのスタッフと同じように汗水垂らしつつ、私がこれまで培ってきた理学療法士としての知識や技術も伝えられれば、他職種への理解、ひいては入所者さんのさらなる機能回復が実現できるのではないかと考えての決断でした。

 

入所者さんのいろいろな表情を見られるのが介護士の醍醐味

理学療法士をしていたときは、リハビリの効果に喜んでいらっしゃる入所者さんの姿にやりがいを感じていました。喜んでいただくことはとてもうれしいことではありますが、介護士になってからというもの、私が知っていた入所者さんの表情はごく一部であったことに気付きました。入所者さんがいつもポジティブな気持ちで過ごしているとは限りません。寂しいとき・落ち込むときもありますし、生活の中でポロっと「本当は注射が嫌なの」と本音をお話ししてくださることなどもあります。ネガティブな感情も含め入所者さんの全てに寄り添うことができるのは介護士の醍醐味だと思いますし、思い切って転職してよかったなと日々感じています。


介護医療院で感じた課題とやりがい

当院では、2018年に介護医療院が開設されました。介護医療院は、医療と暮らしの両方を提供する場です。機能回復が図れて自宅退所される人もいれば、複数の病気があり、さらにそれらが複雑に絡み合って長期的に医療と介護を必要とされる人もいます。さまざまな状態の人へのケアが求められるため、介護医療院には多くの専門職のスタッフが所属しています。包括的なケアが提供できるという強みはありますが、各専門職の思いが強くなり過ぎてしまいがちなことが課題でした。よりよいと思う対応は各専門職によって異なることもあり、自分の職域の中でベストだと思う対応を全員が貫こうとすると衝突が生じます。もちろん、医学的な観点は重要ですし、専門職としてのプライドも大切です。ただ、介護の中で優先されるべきは“入所者さんの思い”であるはずです。まずは、入所者さんの望みを知り、その思いを叶えるために各専門職は倫理観や価値観をうまく併合させて本当の意味での“よりよいケア”を目指すのが本来あるべき介護のかたちだと思います。

各専門職がフラットにケアを行うため、当院では 2020年より“療養支援部”という部署が作られました。療養支援部には、看護師・介護士・リハビリ職が所属していますが、職域の線引きはなく全員が同僚です。よくありがちな介護士=看護師の助手のような位置づけになることもありませんし、全員が同じ熱量で入所者さんに向き合います。

“さまざまな状態の人へのケアが求められる”“多職種でケアを行う”というと大変なイメージが先行してしまうかもしれませんが、私は“それだけいろいろな介護ができる場所・さまざまな選択肢を提供できる場所”だと思っています。どうやって機能向上を図るべきか、自宅退所できるようにするにはどうしたらよいか、この人にとって理想的な看取りは何か……など、考えること・やりたいことがたくさんあります。もともと入所者さんのためになりたいという思いは人一倍強いほうでしたが、介護医療院そして療養支援部ができてからやりたいことがさらに増えました。私にとって、ここは夢と希望に満ちあふれた場所です。


山下順子さんが描く理想の介護とは

生も死も素敵なことだと思えるようなお手伝いをしたい

人生の最期をどのように迎えるかは自分で選ぶことができます。しかし、実際はご家族が「病院の先生の言うとおりで構いません、もうお任せします」とおっしゃるケースもありますし、最期は病院で迎えるのが善という考えも根強く残っている気がします。これは、介護サービスや資源が知られていないことが1つの要因ではないかと思います。もちろん、病院や施設で最期を迎えるのも1つの選択肢です。ただ、“ご本人の意思を確認せずに決定をする”というのは、やはり疑問が残ります。

入所者さんやご家族にあらゆる選択肢を知っていただくため、当院では「ここで最期を迎えることが全てではありませんし、ご自宅で最期を過ごす選択肢もありますよ。とはいえ、そのためにご家族が介護を背負い過ぎる必要もありませんよ」と積極的にお伝えしています。“介護”というと、ご家族は「面倒を見なければ」とつい頑張り過ぎてしまいます。そうすると、どうしても背負い切れなくなり、先に述べたような「もう病院でお願いします」ということになりかねません。ご本人がご自宅で過ごしたいと願うのであればぜひ優先していただきたいと思いますし、ご家族が「少し疲れた」と感じる場合は短期入所療養介護(ショートステイ)を利用する選択肢もあります。

“死”についてはまだネガティブなイメージがあるかと思いますが、「人生の最期はこういうかたちで迎えたい」という個々人の思いがかなえられれば、生も死もどちらも素敵なことと捉えられるようになる気がしています。一人ひとり違う人生を歩んできたわけですから、最期もさまざまなかたちで迎えていただけるようにすることが介護士としての夢の第一歩です。

 

療養支援部 マネージャーとしての展望

2024年1月から、私は療養支援部のマネージャーに任命いただき、よりよいケアの提供ができる体制構築に努めています。慢性期医療は急性期医療に比べて回復する様子が見えにくいこともあり、どこか諦めの気持ちになってしまう場合も少なくありません。ですが、職種は何であれ、医療・介護に関わる仕事を選んだということは、きっと優しくて人が好きな人だと思いますし、少なくとも当院のスタッフは全員が入所者さんの笑顔を見ることが“やりがい”だと感じる人たちです。スタッフたちによりやりがいを感じてもらうためにも、私自身が率先して入所者さんの“可能性”を示せればと思っています。入所者さんの輝く姿はスタッフ一人ひとりの成功体験につながると思いますし、そうすれば「ケア次第でこんなに変わるんだ! それなら、今度はこういう工夫もしてみよう」などスタッフの輝きにもつながると信じています。

その人らしい生活を送るお手伝い、そしてその人らしい人生の終(しま)い方のお手伝いをする介護士という職業は、本当にやりがいと楽しさのある仕事だと思います。人が生まれてから亡くなるまでの人生はとても貴重なものです。その人の思いを尊重し、どうすることがその人らしい人生なのか、そのためには何をすべきなのかと悩み葛藤しながら向き合っていくことは、“人を大切にすること全て”につながるような気がしています。この思いが、当院のスタッフに限らず、ご家族や地域の人々、さらには日本中の人々に波及し皆が同じように“人”を大切にできたら、慢性期医療はもちろん日本全土が明るくなるのではないかなと考えていますし、そういうふうにしたいと思っています。

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