病院運営 2019.05.10
「八高連」の取り組み−高齢者の迅速かつ的確な救急搬送の確保に向けて
医療法人 永寿会 陵北病院 院長 田中裕之先生
東京都では年間約69万人の方が救急搬送されています。その多くは、速やかに病院へ搬送されますが、一方で、受け入れ先の医療機関がスムーズに決まらず、搬送困難になる事案も6,600件ほど発生しています。八王子市では、このような状況を打開するため、「八高連(八王子市高齢者救急医療体制広域連絡会)」という組織を創設しました。八高連の成り立ちや実際の活動内容について、医療法人 永寿会 陵北病院、院長の田中裕之先生に、お話を伺いました。
「八高連」創設の経緯
- 「たらい回し」の問題を受けて、総務省が消防法を改正
2007年頃から、傷病者の救急搬送に時間を要する、いわゆる「たらい回し」の事案が全国で発生し、社会問題に発展しました。この流れを受けて、2009年、総務省は消防法を改正しました。改正した主な内容は、1)傷病者の搬送および受け入れの実施基準にかかるガイドラインの策定、2)消防機関の職員や医療機関の管理者・医師などから構成される協議会の設置を盛り込んだことです。つまり、傷病者の救急搬送・受け入れに関する、消防機関と医療機関の協力体制を進めようとしたのです。
- 東京都が「救急医療の東京ルール」を開始
東京都では、2009年に「救急医療の東京ルール」を定めました。都内12か所の2次医療圏ごとに「地域救急医療センター(固定または輪番制)」を設置し、東京消防庁には「救急患者受入コーディネーター」を配置しました。そして、救急隊が2次救急レベル以下と判断した患者さんで、次のいずれかに当てはまるケースについては、救急隊が地域救急医療センターに連絡して、調整を依頼することと決めました。
✔医療機関の受け入れ照会を5回以上行った
✔搬送先選定に20分以上を要した
- 高齢者に対する迅速かつ的確な救急搬送体制を確保するために
八王子市救急業務連絡協議会において、八王子市内で、救急隊が地域救急医療センターに連絡して調整を依頼するケースがどのくらい発生しているかを調べたところ、救急搬送22,936件*のうち287件(2009年8月31日〜2010年12月31日までの事案)が当てはまりました。その287件の内訳では、「高齢者」が37%を占めていました。
このような状況を受け、高齢者に対する迅速かつ的確な救急搬送体制を確保することを目的として、2013年に八王子市の15団体(のべ147機関)で構成された「八高連(八王子市高齢者救急医療体制広域連絡会)」が創設されました。
*2009年データ(八王子市統計表より)
高齢者に対する迅速かつ的確な救急搬送体制を確保するためには、救急病院のみならず、地域のさまざまな施設を含む全体的な協力関係が必要です。なぜなら、救急搬送されて治療を終えた高齢者は、救急病院を退院したあと慢性期病院に移り、さらに療養型の施設や在宅医療へ移行するという流れを辿ることが多いからです。このような考えに基づき、八高連は、以下に挙げる八王子市内の多岐にわたる団体・施設で構成されています。
【八高連 構成機関等(20団体・のべ1,753機関)】※2019年時点
- 八王子市救急業務連絡協議会会員(14医療機関 院長)
- 救命救急センター・救急センター(2大学病院 センター長)
- 介護療養型病院(6医療機関 院長)
- 医療療養型病院(10医療機関 院長)
- 八王子施設長会(67施設 施設長)
- 八王子社会福祉法人代表者会(10施設 施設長)
- 八王子特定施設連絡会(2有料老人施設 施設長)
- 精神科病院(15医療機関 院長)
- 八王子介護支援専門員事業所連絡協議会
- 八王子介護保険サービス事業者連絡協議会
- 八王子市地域包括支援センター(高齢者あんしん相談センター、15圏域センター長)
- 八王子市医師会(医師会長)
- 八王子市町会・自治会連合会
- 八王子市
- 八王子消防署
- 八王子薬剤師会
- 八王子市老健施設協議会
- 八王子市赤十字奉仕団
- 八王子市民生委員児童委員協議会
- 八王子市社会福祉協議会
八高連の取り組みと成果
「救急医療情報シート」の作成
八高連は、2011年に「救急医療情報シート」を作成しました。本シートの基本的なコンセプトは、たとえ1秒でも救急搬送にかかる時間を短縮できるようにすることです。市民一人ひとりが、あらかじめ救急医療情報シートを記入しておくことで、緊急時におけるご家族の連絡先や、延命を含めた医療処置の希望などがすぐにわかり、迅速かつ的確な対応が可能になります。
*「救急医療情報シート」は、八王子市役所や東京消防庁のホームページからも印刷が可能です。
八王子市役所: https://www.city.hachioji.tokyo.jp/emergency/medical/p005727.html
東京消防庁: http://www.tfd.metro.tokyo.jp/hp-hatiouji/seikatu/kyukyu-iryojyoho.html
八高連では、救急医療情報シートを地域住民に浸透させるために、市民セミナーやイベント、高齢者施設などで、定期的に救急医療情報シートを配布しました。
関係者同士がお互いをよく知り、関係者全員で課題解決を目指す
八高連では、会議を重ねるなかで、関係者同士がお互いに「知る」ことを大切にしてきました。顔の見える関係がゴールではなく、「腹の底が見える関係」が理想的です。発足してからの1年間は、27回も集まりました。
会議のなかで、急性期病院から「慢性期病院が、どのような患者さんを診てくれるのかが不明確で困っている」と意見が出ました。そのため八高連では、30項目のチェックシートを作成し、13の慢性期病院すべての回答を一覧表にまとめ、急性期病院に配布しました。
また、介護認定に時間がかかる(およそ30日)という課題も出ました。その際には、八王子市役所の方から、30名ほどの職員で毎年5,000件ほどの介護認定を進めていることを知らされ、「せめて末期のがん患者さんだけでも早く認定しよう」という方針が決まりました。現在、末期のがん患者さんに対する介護認定は早まり、通常3日で結果が出るようになっています。
このような例は、山ほどあります。現状を明らかにし、本音で話し合うことで、お互いの理解が深まり、適切な課題解決が可能になることを実感しました。
- より強固な救急搬送体制を目指して活動する八高連
八高連の取り組みによって、市内の救急搬送時間は短くなりました。具体的には、救急車の出動から、病院に到着して医師に引き継ぐまでの時間が、平均54分11秒(2010年12月〜2011年2月集計)から52分12秒(2012年4月〜2013年3月集計)になり、2分ほど短縮されました。
その後の活動の結果、2011年度と2017年度を比較すると、救急車が現場についてから病院へ向けて出発するまでの時間で1分25秒、病院に着いてから救急病院の医師に引継ぎが終わるまでの時間で4分16秒短縮されました。また、八高連の活動開始前は八王子市から近隣の日野市やあきる野市などに救急搬送されるケースが約30%ありましたが、現在では半分の約15%にまで低下しています。
現在(2019年5月時点)、八高連の参加は20団体、1,753機関に増え、今後も活動の幅を増やしていく予定です。私たちはこれからも、八王子市の救急搬送体制をより強固なものにするため、活動を続けていきます。