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生活に近い環境や外出訓練で日常に戻るお手伝いを――個別性の高い実践的なリハビリを行う千里リハビリテーション病院

千里リハビリテーション病院 言語聴覚部門コーチ 名古 将太郎さん

大阪府にある千里リハビリテーション病院では、患者さんがスムーズに家庭や社会に戻れるよう、一人ひとりの状況に合わせた個別性の高いリハビリテーション(以下、リハビリ)を提供しています。今回は、千里リハビリテーション病院 言語聴覚部門コーチを務める言語聴覚士の名古 将太郎​(なご しょうたろう)さんに、言語聴覚士としてのあゆみや同院におけるリハビリの特徴などについてお話を伺いました。


巡り合わせが重なり、千里リハビリテーション病院へ

言語聴覚士を目指すようになったのは、高校2年か3年の頃です。それまでは学校教員になりたいと思っていたのですが、ある日、進路指導室でたまたま理学療法士を目指していた友人と立ち話をし、リハビリの仕事に興味を抱くようになりました。その後、いろいろと調べていくなかで言語聴覚士という仕事に魅力を感じ、岡山県にある川崎医療福祉大学に進学をしました。

4年生になり就職活動を始めたのですが、当時はまだ言語聴覚士の求人が少なく、就職先はなかなか決まりませんでした。そんなとき、川崎医療福祉大学で教授をされていた熊倉 勇美(くまくら いさみ)先生(現・千里リハビリテーション病院 顧問)のご紹介で、医療法人社団和風会が運営する香川県の橋本病院の求人募集を知り、就職につながりました。橋本病院では5年ほど勤務しましたが、地元である広島県に戻りたいとの思いから退職をし、2年間地元で慢性期を中心としたリハビリの仕事に従事していました。

転機となったのは橋本病院の勉強会に参加したときのことです。退職した身でありながら、橋本病院の勉強会には定期的に参加をさせていただいていました。当時、広島県内の急性期病院への転職を検討しており、そのことを伝えると理事長の橋本 康子(はしもと やすこ)先生や事務長から「もうすぐ大阪に千里リハビリテーション病院が開院するので、転職するならうちに戻ってきてほしい」と声をかけていただいたのです。すでに家庭も持っていたため、どうしようか非常に悩みましたが、新たな病院を立ち上げるというチャレンジに魅力を感じ、お誘いをありがたく受けることにしました。

現在は、千里リハビリテーション病院で言語聴覚士として臨床に携わるほか、言語聴覚部門のコーチとして後進の教育やマネジメント業務にあたっています。また、2020年に開院した千里リハビリテーションクリニック東京で訪問リハビリにも従事しています。


個別性の高いリハビリテーションを提供

人材面の強み

千里リハビリテーション病院には理学療法士89名、作業療法士52名、言語聴覚士29名が在籍しており(2025年4月1日時点)、多様な意見や価値観を共有しながらリハビリに取り組めるのが特徴です。さらに、熊倉先生をはじめ、長いキャリアを積んでこられた先生方が複数在籍されているので、現場で判断に迷った際にはこうした先生から直接アドバイスをいただくことができます。リハビリは机上で学んだことを臨床の場で実践し、経験していくことが大切な世界ですから、さまざまな状況に対応されてきた先生方の意見を参考にリハビリの方向性を決めていけることは、当院の強みだと考えています。

実践的なリハビリで社会復帰を支える

当院の大きな特徴は、患者さんの状況に応じた個別性の高いリハビリを提供していることです。言語聴覚士は個室でのリハビリを行うだけではなく、退院後の生活をイメージしながら病院の外に出て訓練を行うこともあります。

たとえば、毎日食事をするためには、食事のメニューを考え、今ある食材を活用し、足りない食材を購入・準備してそれを調理していくといった流れが必要です。そこで患者さんとスーパーに行き、材料をそろえるところから一緒に行います。「どのスーパーに行くか」「材料を何にするか」「調理に必要な時間はどれくらいか」――などを考え、計画を立てるプロセスが必須となり、その過程で身体機能だけでなく、コミュニケーション能力、言語機能、高次脳機能の活用が求められます。患者さんが社会生活や仕事への復帰を目指すうえで必要となるこれらの能力を評価し、練習していくことは欠かすことができません。机上の練習で行ってきた機能的な訓練内容を、実践場面である調理を通じて「お玉を取りましょう」「油を引いて焼いてください」といった指示を適切に理解し、順序よく遂行できるのかといった内容は、とても重要なことだと思います。

外食中心の生活を行っていた人であれば、そのお店で食べたい料理を選び、1人で注文から会計まで完結できれば自立した元々の生活を送ることができるようになります。失語症や構音障害などにより、たとえ具体的な料理の名前を口頭で伝えられなくとも、機能面の改善を図り伝達が行えるように練習していくこと、そして機能面の改善が十分でなくてもメニューを指で差して伝えるような代償手段を獲得することが大切です。また、常連の店では事前にメニューを選択する練習をしたり、店舗側にも協力を依頼してみたりするなど環境調整を行うのも大切なことです。

こういった一つひとつの活動が、退院後の具体的な生活へと展開していくのだと思います。それは患者家族だけでなく、ときにはセラピストなど病院側のスタッフにとっても新たな発見を伴う貴重な場面となります。


リハビリで大切なこと、感じている課題

退院時期を逃さないことが重要

当院は、患者さんがご自宅や社会に戻ることを想定し、あえてバリアフリーにし過ぎない空間の中でリハビリを行うことも重要だと考えて環境調整を行っています。

片側にしか手すりのない階段、靴の脱ぎ履きを行う病棟入口の玄関、段差のある病棟や居室で入口に設けた開き戸――など実際のご自宅や社会に近い空間を病院の中に作っているのです。しかし、日常の空間に近づけているとはいえ、あくまでも仮想的な空間に過ぎませんから、基本的な動作ができるようになったら退院のタイミングを逃さないことが大切です。ある程度の動作が可能になったらできるだけ早期に退院調整を行い、その後は訪問リハビリや外来、通所サービスにつなげつつ、自宅や職場など、実際の社会生活環境の中で個別に練習を続けていただくのが重要だと思います。

適切なタイミングを逃してしまうと、患者さんだけでなくご家族や周囲の人もその患者さんがいない生活に慣れてしまい、元々の生活のリズムに整えにくくなることがあります。また、機能改善に固執してしまったり、社会に出ることへの不安を感じてしまったりと弊害も生まれてきます。そうしたことを日々の関わりの中で経験していくと、やはり病院はできるだけ早く退院する場なのだと感じます。

退院後の課題と制度の壁

とはいえ、ご自宅に戻ってからいざ生活を始めると予期せぬトラブルが起きることがしばしばあります。「もう少しこうしておけば、もっとできることが増えたのでは」と感じるケースも少なくありませんが、急性期・回復期を経て、基本的な動作が可能になり退院した場合、「リハビリが足りないから」という理由で再入院することは基本的には困難です。これは、同じ病名による長期入院や再入院を制限する医療保険のルールがあるためです。さらに退院後のリハビリを医療保険から介護保険に切り替えてしまうと再び医療保険のリハビリに戻ることは原則としてできません。また、介護保険下にしても医療保険下にしても慢性期に移行していくと時間や回数などに制限が設けられます。この制度の壁により、せっかく見えてきた回復の可能性をつなぐ手立てがないジレンマを現場ではしばしば感じています。


病気や障害のある人がより生き生きと経済を動かす未来へ

今後のリハビリを考えるうえで、やはり医療保険制度の問題は重要です。先述のとおり、現状では回復期を終えるとリハビリテーションの単位や回数に制限が加わりますが、患者さんが安心して日常生活に戻るためには、こうした医療保険制度のあり方を見直すべきだと私は考えています。

また、病気や障害のある人たちは、サービスや支援を受ける側としてのみ捉えられがちですが、十分なリハビリや社会復帰支援によって彼らが社会に出ていくことができれば、そこに新たな生産や消費が生まれます。街に出て、食事をしたり、レジャーを楽しんだりすることで、経済活動は活性化するはずです。にもかかわらず、現実には車いすを利用する人が混雑した電車に乗っている姿を見かけることは決して多くはありません。これは、商品やサービス、労働力などが社会から失われているということを意味しているのです。

私は、病気や障害のある人たちも社会の担い手として、そして経済を回す一員として活躍できる社会を望んでいます。カフェに入って私が頼んでいる横にさまざまな人がいて、相席をして同じようにコーヒーを飲んでいる――そのような光景が当たり前でごく自然なものになる社会を目指していきたいです。

 

※名古さんのインタビュー後編はこちらのページをご覧ください。

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