病院運営 2024.11.13
TikTokを活用した看護人材の確保――病院にもたらされた効果
新越谷病院 看護部長 神田 直孝さん
高齢社会が進む中、看護師の人材確保に課題を抱えている慢性期病院も多いといわれます。このような状況のなか、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(Social Networking Service:SNS)の1つ、“TikTok”で看護師を目指す学生に向け病院の魅力を発信し、新卒採用の応募者数を増やしているのがIMSグループ 新越谷病院です。同院 看護部長の神田 直孝(かんだ なおたか)さんに、TikTokを始めた経緯、運用にあたって気を付けているポイント、病院や職員にもたらされたポジティブな変化についてお話を伺いました。
採用難に追い打ちをかけた新型コロナ――SNSを始めたきっかけ
私が新越谷病院の看護部長に就任した2019年、当院は深刻な看護人材不足に陥っていました。毎年の入職者と退職者のアンバランスが続いており、グループ内のほかの病院から人手を借りながら、なんとか運営を維持している状態でした。そもそも“慢性期病院”は、新卒看護師の就職先として選ばれることが少なく、「新卒ならまずは急性期病院へ」という考え方が、私が看護師になった20年ほど前から学生の間には根付いていたと思います。また、若手で慢性期病院に就職する看護師も「急性期病院では仕事についていけないから」と消極的な理由が多く、積極的に選択する人は少ないのが現状です。
しかし、慢性期医療における看護では、高い専門性と独自のスキルが求められます。また、一人ひとりの患者さんにじっくりと寄り添ってサポートやケアを行う姿は、まさに看護の真髄に通ずるものと思っています。当院も質の高い看護を提供していると自負しており、その点を病院の魅力として発信できれば人材の確保につながるのではないかという道筋は当初から見えていました。ただ、当時は発信する術を見出せておらず、人材確保に苦戦していたところ、追い打ちをかけたのが新型コロナウイルス感染症の大流行でした。行動制限により学校訪問もできず合同就職説明会も開催されず、インターンシップの受け入れもできない窮地に追い込まれてしまったのです。悩んだ結果、情報発信のツールとして注目したのがSNSでした。
学生ユーザーが多い“TikTok”に着目
SNSに着目したものの、私自身はSNSを使用した経験がほとんどなく、どのように導入したらよいか分かりませんでした。ちょうどその頃、3密を避ける目的で通勤手段を電車から車に変えました。往復で3時間はかかるため、その時間を有効活用しようとSNSの勉強時間に充てることにしたのです。SNSの手法を学ぶ、いわゆる“How To動画”を通勤時に流し、ラジオ代わりに聞くようにしました。そして、まずYouTubeを始めてみたのですが、すでにユーザー数が多く、新規参入したところで他の動画に埋もれてしまい、注目されるのは難しいと感じました。
私がリーチしたい層である学生に見てもらうためにどのSNSを利用するべきか検討し、着目したのが10〜20代のユーザー数が多いTikTokです。さらに、TikTokはサムネイルをタップしなくても、自動的に動画が再生される仕様になっています。動画の最初で面白そうだなと思ってもらえれば、当院にまったく興味がなかった人にもそのまま見てもらえるので、多くの人に情報を拡散できると考えTikTokを始めることにしました。
就職希望人数が約5倍に――TikTokによる効果
TikTokを始めるにあたって、まずは私自身が動画に出演することにしました。現代は、デジタルタトゥー*という言葉もあるように、SNSに顔を出すことには抵抗感を持つ人が多くいます。最初にスタッフに声をかけるのではなく、部長の私から始めなければならないと考えました。
決心したものの「病院の看護部長という立場でTikTokを始めてよいのだろうか」「バッシングを受けないだろうか」などさまざまな不安が頭に浮かび、2時間ほど悩んだ末に投稿ボタンを押しました。最初にアップしたのは、自己紹介に就活生への応援メッセージを添えた10秒ほどの動画でした。炎上を狙ったわけではありませんが、病院の公式動画を看護部長自らアップしているという物珍しさがあったのか、コメント欄にはさまざまな意見が飛び交い、結果的に再生数が伸びたのです。
その後はスタッフにも声をかけ、同意してもらえる人には動画に出てもらうようになりました。再生数が伸びる転機となった動画は、国家試験の応援動画です。各病棟のスタッフから学生に向けた応援メッセージを送りました。この動画が拡散されフォロワー数が一気に伸び、翌年度からSNSをきっかけに新卒採用に応募する人が増えてきたのです。
現在は、入職者の約8割がSNSで当院を知った人たちです。以前から、全国で就職説明会を行ってはいましたが、訪問したことのない地域に住む人も応募してくれるようになりました。TikTokのおすすめに上がり動画が再生され、魅力的な病院だと感じて応募してくれた人もいます。TikTokがきっかけとなって応募してくれた人たちは、「初対面のような気がしない」と親近感を持って緊張せずに採用試験を受けてくれる人が多いのも面白いと感じます。就職希望人数は、SNSを始めてから5倍ほど増加しました。
*デジタルタトゥー:インターネット上で拡散された動画やコメントなどのデジタル空間の情報は自分では消すことが難しく、入れ墨のように半永久的に残る可能性があること。
職員へもたらされた変化――職場への誇りが持てるように
再生数の多い動画には、好意的なコメントが数多く寄せられます。スタッフもコメントを目にすることで、職場に対する誇りを再確認でき、帰属意識がもたらされたと感じます。
一方で、悪意のあるコメントが寄せられることもあります。放置すると似たようなコメントが増える可能性がありますし、動画に出てくれたスタッフに消えない傷が残ってしまうことは避けなければなりません。こうしたコメントは、スタッフが目にする前にすぐ消去することが大事です。以前、複数人が出演している動画で特定の人物の容姿を褒めるコメントが付いたときもすぐに消去しました。コメントを消したことに気付いたスタッフからは「おかげで安心して動画に出られます」という言葉をかけてもらいました。部長として常に見守っていることをスタッフに理解してもらうことも大切だと思います。
そのほか、内部で起こったポジティブな変化として、リクルートの手法自体が根本的に改変されたのはもちろん、仕事のやり方を振り返り自ら再構築していく機会が生まれました。「SNSでこのように発信しているから、こう変えたほうがよいのではないか」という意見が、スタッフから自然と上がるようになったのはSNS導入による変化だと思います。
SNSの運用において大切にしていること
今では周囲の力も少し借りるようになりましたが、始めて2年半ほどは企画・撮影・編集・コメントの管理など、運用は私1人で行っていました。コメントの返信は、今も私だけが担当しています(2024年10月時点)。編集をほかのスタッフにお願いする場合も、主張が曖昧にならないよう、コンセプトにずれがないか最終的な確認は必ず私が行います。
SNSにより求職者が増えた当院の事例を知り「うちでも導入したい」というお声をいただくこともあります。「若手にやってもらおうかな」とおっしゃる人が多いのですが、それではコンセプトがずれて失敗する可能性が高いと考えます。コンセプトを決める立場の人間が発信しなければ一貫性がなくなり、SNSを使う効果が見込めないと思います。SNSと就職説明会で伝えているPRの内容に齟齬が生じないよう、責任者が中心となり導入すべきだと考えます。
また、次第に「もっと再生数を伸ばしたい」という欲が生まれると思いますが、それは抑えなければなりません。病院の名前で発信する以上は、倫理感を誤ると大きな問題につながる恐れがあるので、しっかりとしたフィルターを持つことが重要だと思います。ターゲットも広げすぎると主張がぶれる可能性があるため、あくまでも当院では“学生”に絞っています。
そのほか、私がこだわっているのは、動画では“人材募集”という言葉は一切使わないことです。リクルート広告として作っているのではなく、「あくまでも病院の魅力を嘘偽りなく伝えたい」という考えで発信しています。応募するかどうかは見た人に委ねるスタンスで発信しているのが、かえってよかったのではないかと思います。
今後について――ケアミックス病院に生まれ変わる新越谷病院
新越谷病院は、慢性期医療のほか、近隣の急性期病院を退院した後に引き続き入院が必要な患者さんを受け入れる機能(ポストアキュート機能)と、入院治療を必要とする在宅療養中の患者さんを一時的に受け入れる機能(サブアキュート機能)の役割を担ってきました。
さらに、2026年の春から夏にかけて新築移転し、現在の188床から309床に増床する予定です。地域包括ケア病棟を新設するほか、手術室の増設、医師の増員を予定し、慢性期病院にとどまらないケアミックス病院*に生まれ変わります。これまで当院は、“攻める慢性期”をコンセプトに看護師のリクルーティングをしてきました。今後は、 “攻める慢性期ネクストステージ”として新たな方向を目指していく予定です。増床に伴い新人看護師の力がますます必要とされるので、2025年度は約50人を採用する予定です。2026年以降は、新築の病院内で働く看護師の姿を配信していきたいと考えています。当院の価値は素敵な看護をするスタッフですので、今後もその魅力を発信し新たな仲間を増やしていきたいと思います。
*ケアミックス病院:急性期医療や慢性期医療など複数の機能を併せ持つ病院。