イノベーション 2024.07.05
コミュニティ&コミュニティホスピタル構想が描く地域と医療の未来
一般社団法人コミュニティ&コミュニティホスピタル協会 理事 兼 株式会社メディヴァ 代表取締役社長 大石 佳能子さん
超高齢社会の日本。2025年には全ての団塊の世代が後期高齢者となり、医療や介護の需要がいっそう見込まれています。同時に在宅医療のニーズも高まっており、地域に根差した地域包括ケアシステム*の構築が求められます。この後押しとなる存在が、超急性期以外の医療・介護をワンストップで提供する病院、 “コミュニティホスピタル”です。
一般社団法人コミュニティ&コミュニティホスピタル協会(以下、CCH協会)では、コミュニティホスピタルを増やし、“治し、支える”医療の拡充を目指しています。さらに“コミュニティ&コミュニティホスピタル構想”を掲げ、コミュニティホスピタルを中核にしたまちづくりや、総合診療医の育成なども精力的に行っています。CCH協会 理事で株式会社メディヴァ 代表取締役社長の大石 佳能子(おおいし かのこ)さんに、構想の実現に向けた具体的な取り組み事例や、今後の展望を伺いました。
*地域包括ケアシステム:病気になっても住み慣れた地域で暮らし続けられるよう、住まいや医療、介護、生活支援などが一体的に提供される仕組みのこと。
地域医療の未来を照らすコミュニティ&コミュニティホスピタル構想とは
現在、日本の医療には、患者さんと医療提供者のそれぞれが抱える課題があると考えています。高齢の患者さんは複数の病気を抱えやすく、長期入院をすると階段の昇降や食事、着衣といった日常生活の活動能力が低下してしまうことがあります。結果として、自宅での元の生活に戻りにくくなるという点が患者さん側の課題です。この解決法として地域包括ケアシステムの構築が求められていますが、その中核となる在宅医療の担い手が不足していることが2つ目の医療提供者側の課題です。加えて、日本の病院の約7割を占める中小病院の多くは経営赤字に陥っているという現実もあります。
そこで着想を得たのがコミュニティホスピタルです。総合診療を軸に、超急性期以外の医療・介護などのケアをワンストップで提供する病院と私たちは定義しています。日本における多くの中小病院がコミュニティホスピタルに転換することで地域のニーズに適切に応えることができ、経営赤字の解消にもつながるでしょう。さらに、コミュニティホスピタルを中心としたまちづくりを推進することで、患者さんや地域の人々が安心して幸せに過ごせる社会になるのではないかと考えています。この実現に向けて、私たちはコミュニティ&コミュニティホスピタル構想を掲げました。
コミュニティ&コミュニティホスピタル構想の実現に向けて
CCH協会では主に、以下の取り組みを進めています。
(1)コミュニティホスピタルへの転換・経営支援
(2)総合診療医プログラムの提供・人材育成
(3)病院が核となるまちづくり
まず、コミュニティホスピタルを目指す中小病院に対し、在宅医療を提供できる体制づくりを支援します。地域包括ケアシステムの中核となるべく、訪問診療を提供するだけでなく、訪問介護施設や在宅医療を提供する診療所と連携し、夜間対応を含むバックアップ体制を整えた病院になれるようなサポートも行います。具体的には、オペレーションシステムの整備、医療以外の業務の集約化、院内のDX(デジタルトランスフォーメーション)化などを進め、さらにはスタッフが定着しやすい仕組みづくりも一緒に作ります。
在宅医療を提供できる人材の育成も重要な取り組みです。さまざまな病気を抱える高齢者を診るには、プライマリケアや入院患者さんの内科管理に精通した総合診療医が適していると考えます。しかしながら、日本では総合診療医の数が足りていません。そこで私たちは総合診療の医局と連携して総合診療医プログラムを作り、コミュニティホスピタルで研修医を受け入れてもらうことで、人材の育成を図っています。
そして、病院が核となるまちづくりは、私たちが掲げるコミュニティ&コミュニティホスピタル構想に欠かせない要素です。病院や地域包括ケアシステムだけが成り立つ地域は、いつか衰退してしまうでしょう。病院が中核となるまちづくりの支援を進め、病院が地域全体の健康づくりやまちづくりを担うことで、元気な高齢者が増えると考えています。また、たとえ病気になっても、離れて暮らす家族が安心できるようなコミュニティの醸成を支援しています。
コミュニティホスピタルへと転換し魅力的な総合診療医プログラムを提供する同善病院
ここでは、経営難からコミュニティホスピタルへ転換した同善病院の事例をご紹介します。
東京都台東区三ノ輪にある同善病院は、1886年に小学校として創設され、1956年以降は病院として、古くから地域の人々と共に歩んできた施設です。2000年以降、人材確保が困難となり、地域のニーズに応えることが難しい時期が続いていました。
私たちが伴走支援を開始したのは2013年のことです。まずは経営体制の見直しを行い、リハビリテーション機能を再強化することで病床の稼働率を高めることに成功しました。さらに、2022年4月からは、リハビリテーションに加え、外来・入院・在宅における総合診療の提供など地域のニーズに対応できる体制を整えるとともに、総合診療医プログラムも導入し、コミュニティホスピタルへの転換に向け再スタートを切っています。
同善病院は、ノスタルジックな街並みが広がる下町の中にあり、病院の建物も年季が入ったものです。決して周辺環境が整備された地域とはいえず、病棟もピカピカというわけではありません。それでも、いざ総合診療医プログラムを始めてみると、受け入れ枠3名に対して定員オーバーとなるほど希望者が集まりました。総合診療はもちろん、在宅医療や病院経営マネジメントも学べ、地域活動にも携わることのできる総合診療医プログラムは、医師としてのやりがいや将来のキャリアプランにもつながるものと自負しています。魅力ある組織とプログラムであれば、人材は集まるのです。
同善病院のあおぞらカフェ――地域に開かれた病院を目指して
同善病院が、地域の皆さんとゆるやかにつながれる誰でも参加可能なイベントとして開催しているのが“あおぞらカフェ”です。 体力測定や健康講座のほか、ACP(アドバンス・ケア・プランニング:人生会議)の一環として “おじくじ(御自籤)”なども行っています。”おみくじ(御神籤)”は神様が未来を占うのに対し、おじくじは、さまざまな問いから「自分はどうありたいか」を自らくじに記入し、生き方や考え方について思いを巡らせ、人生会議や対話のきっかけになるものです。
これらを同善病院による活動とするため、院内にコミュニティ支援室を設置し、組織としてまちづくりに携わる仕組みを作りました。将来的には行政と連携したうえで、よりいっそう地域のニーズに応えることを目指していきます。
全国に広がるコミュニティ&コミュニティホスピタルの輪
コミュニティ&コミュニティホスピタル構想は、少しずつ全国へ拡大しているところです。同善病院のほかにも、茨城県の水海道さくら病院や愛知県の山下病院などがコミュニティホスピタルへの転換に取り組んでいます。
CCH協会では、コミュニティホスピタルについて興味を持つ病院や医療者の皆さんがオンラインで学び、情報交換をできる場として“CCHパートナーズ制度”を開始しました。会員向けに開催された勉強会、“C&CHカンファレンス2024春”には約100名が参加されました。
患者さんも医療者も安心できる地域医療を――CCH協会立ち上げにかける思い
医療介護領域に携わる以前、私は一般企業を対象としたコンサルティング業務に従事していました。これまで培ってきたノウハウを活用して、病院経営の改善も支援できるのではないかと考えコンサルティングを行ったものの、企業と病院の大きな違いは、改善レポートをお渡しするだけでは物事がなかなか前に進まないことでした。
企業では、経営者が改善案を実行に移そうとすれば、新しい取り組みに向け組織はスムーズに動き出します。しかし病院では、理事長や院長が改革に着手しようとしても、現場のスタッフは専門的な業務に忙しく、組織の改善に取り組む余裕はありません。医療界で何か革新を起こすには、実行に移すまで伴走していく必要があると痛感しました。そこで、株式会社メディヴァを設立し、医療介護領域に特化したコンサルティング事業を立ち上げたのです。
起業後は、医療介護領域の現場で伴走支援を行い、共にトライ&エラーを繰り返してきました。うまくいけばそれをモデルケースとし、失敗した場合にはその原因を検証します。その原因が制度にあるときには、改正を求める提言や発信も行ってきました。さらに医療法人社団プラタナスを立ち上げて、在宅医療の現場をより身近に感じることで地域にも視野が開け、そのなかで着想を得たのがコミュニティ&コミュニティホスピタル構想でした。
この構想は、単に病院の経営支援をするだけでなく、まちづくりまでを視野に入れた挑戦的な試みといえます。それでも、高齢化が進むなか、在宅医療に対応できる有床病院がコミュニティと地域包括ケアシステムの中核を担うことはとても意義のあることではないでしょうか。患者さん・医療者のどちらにとっても安心できるこの構想を、仕組み化して広げていくために私たちは日々奔走しています。
今後の展望――コミュニティ&コミュニティホスピタル構想を社会に広めていくために
現在、協会として厚生労働省へコミュニティ&コミュニティホスピタル構想の必要性を伝えるととともに、制度化に向けた提言も行っています。それは、地域住民の健康管理から看取りまで対応可能な体制を整える病院に対して、診療報酬上評価するといった内容です。さらに総合診療医の育成プログラム、へき地診療をサポートする機能を備えた病院に対して、段階ごとに診療報酬を加算する仕組みを目指しています。制度化への道のりは険しいとは思いますが、導入されれば社会全体での認知も一気に広がるのではないでしょうか。
また若い医師だけではなく、長年1つの診療科に従事してきた医師を対象とした、総合診療のリカレント(学び直し)プログラムも進めているところです。医療法人社団プラタナスが展開するクリニックの現場では、在宅医療のリカレントプログラムを行ってきました。麻酔科の先生はもともと全身管理を行っていたので総合診療に向いているのではないかと感じますし、外科の先生の「自分が手術した患者さんを在宅でずっと診ていきたい」という思いに応えられている実感もあります。このプログラムをコミュニティホスピタルにも移管していきながら、医療者の認知度も高めていきたいと考えています。
超高齢社会を救うカギとなることを目指し、コミュニティ&コミュニティホスピタル構想を多くの皆さんと共に広めていきたいと願っています。