介護・福祉 2023.06.15
患者さんの日常を支える“総合医”の魅力――“寄りそ医”の先にあるものとは
おおい町国民健康保険名田庄診療所 所長 中村 伸一先生
“総合医”は、あらゆる年齢や性別の患者さんの疾病と傷害に向き合い、地域の方々の健康を支えます。おおい町国民健康保険名田庄診療所 所長 中村 伸一(なかむら しんいち)先生は、1991年に赴任して以来、“総合医”として名田庄地区の方々に寄り添い、地域の方々を支えてきました。中村先生に、患者さんのもっとも近くに寄り添う“総合医”の魅力についてお話を伺いました。
総合医の役割とは――あらゆる患者さんを診るうちに総合診療の領域へ
私は、1991年に福井県名田庄村(現:おおい町名田庄地区)の診療所に赴任し、必要に迫られ総合診療を行うようになりました。一般的に、大規模病院の総合内科では、大人の内科の病気を診療の対象としています。一方、子どもから大人まであらゆる年齢の患者さんを対象として、複数の科にわたる病気や外傷までをも診るのが総合診療科です。
高齢の患者さんの中には、1人で多くの持病をお持ちの方も珍しくありません。ある時、9つの持病を抱え複数の医療機関に通院していたものの、加齢に伴い通院が困難になられた患者さんを当診療所で一括して診るようになったことがありました。
患者さんは上記にある9つの病気を治療するために4つの医療機関、7つの診療科を受診していました。
また、薬は全部で16種類も処方されていました。全てを服用するのは難しいのではないかと思い患者さんに確認したところ、やはり間引きして服用していたそうです。調剤薬局の薬剤師に患者さんのご自宅を確認してもらったところ、なんと薬局の在庫よりも多くの薬を余らせていたのです。患者さんは、複数の診療科を受診し多くの薬を服用することをご自身で管理できると思っていたのですが、実際にはできていませんでした。
私がかかりつけ医になるにあたり、総合医として病気や臓器だけに限定せずに患者さんの生活や薬の管理などの観点からも診療し、最終的に処方薬を7種類に整理しました。
複数の病気を抱える患者さんを診療する際の課題
介護サービスを受ける場合、多くの利用者はまずケアマネジャーに相談します。また、ケアプランの作成やマネジメントはケアマネジャーが担い、介護サービスの提供は各事業者が行うというシステムになっています。
一方、医療を受ける場合には、多くの方が自己判断で受診する医療機関を決定します。複数の持病を抱えていると管理が難しいため、かかりつけ医を持つことを推奨しますが、現在はかかりつけ医を持つことが制度化されていないので、なかなかうまくいきません。制度化されないことによって、いつでも自由に受診できるフリーアクセスのよい面もあります。それでも、ポリファーマシー*のような課題を改善するためにも、緩やかな制限をかけ、かかりつけ医という制度を設けたほうがよいのではないかと個人的には考えています。
そして、かかりつけ医の側も患者さんの心身をマネジメントするとともに、地域において以下の2つの役割を担いつつ、提供する医療の質を担保することにも努める必要があるでしょう。
- ・可能な限り総合診療科内でワンストップの医療を提供するゲートキーパーとしての役割
- ・必要に応じて各臓器や病気を専門とする医師へ紹介するゲートオープナーとしての役割
*ポリファーマシー:服用する薬剤数が多いことにより、薬物有害事象のリスク増加、服薬過誤、処方されたとおりに服薬できなくなるなどの問題が起こること。
中村先生が考える“よい総合医”とは
総合医にとって必要なこと、大切にすべきこと
ここでは、私が考える“よい総合医”についてお話します。私はこれまで、日本専門医機構が認定する総合診療専門医に関する委員会ワーキンググループで、総合診療の新たな制度設計に携わってきました。『総合診療専門研修プログラム整備基準』では、総合診療専門医が獲得すべき7つの資質・能力として、次のポイントを挙げています。
1.包括的統合アプローチ
2.一般的な健康問題に対する診療能力
3.患者中心の医療・ケア
4.連携重視のマネジメント
5.地域包括ケアを含む地域志向アプローチ
6.公益に資する職業規範
7.多様な診療の場に対応する能力
※日本専門医機構 総合診療専門研修プログラム整備基準 研修カリキュラム 専門研修後の成果(一部抜粋)
私はこの7点を“必要なこと”だと認識しています。一方で、これまでの経験から、へき地や離島など地域での総合診療に求められる能力は以下の5つにまとめることができ、これらを患者さんの一番近くにいる医師として“大切なこと”だと考えています。
1.プラス思考
2.地域親和力
3.バランス感覚
4.寄り添い力
5.枠越え力
“プラス思考”とは、へき地で設備や環境が整っていないから何もできないと考えるのではなく、ピンチをチャンスへと変えていく考え方です。
“地域親和力”によって、地域にいかに入り込んで相互信頼を築けるかという点も重要です。
また、臨床と経営のバランスをはじめ、地域で求められていることと自分がやりたいことの“バランス感覚”を持つことや、患者さんやご家族、地域の文化や風習、価値観への“寄り添い力”を養うことも総合医に大切な要素と考えます。
そして、単に地域で診療を行うだけではなく、診療の枠を越え、“医療を通じて地域社会に貢献する”というのは地域で総合診療を行うにあたって大切なことです。
必要なことを提供するだけではなく、その患者さんや地域にとって大切なことに寄り添い、行動に移すことができるのが、地域医療における“よい総合医”ではないでしょうか。
患者さんが大切にしていることに寄り添い、提供できる医師に
私が患者さんに寄り添うことの大切さについて考えるきっかけとなった、ある患者さんとのエピソードを紹介しましょう。
膵臓(すいぞう)がんの患者さんに、お腹と背中の痛みを緩和するため医療用麻薬の使用をすすめたのですが、拒否されてしまいました。医療用麻薬はがんの標準治療として認められていること、依存性があるわけではないことなどをきちんと説明したものの、受け入れてくれないのです。ほかの鎮痛薬は使用してくれるので何か理由があるのではないかと思い、「どうしてそんなに(医療用)麻薬が嫌なのですか?」と患者さんに尋ねました。すると、戦時中、シベリアに抑留されていたときの経験を話してくださったのです。
「朝、起きたら右に寝ている仲間が死んどった。次の朝、起きたら、今度は左に寝ている仲間が死んどった。それは過酷な日々だった。その後、わしは日本に戻って来て、戦後の復興もこの目で見ることができた。がんで死ねるなんて幸せやと思わんか。この程度の痛みに耐えられんと、シベリアで死んでいった仲間に申し訳ない。だから、(医療用)麻薬はいらん」
この患者さんにとってはがんになったことよりも、シベリアに抑留された体験のほうがよほどつらいことだったのでしょう。魂の奥底に楔のように刺さった痛みを、がんという体の痛みに耐えることによって少しずつ解放していったのではないか、と私は解釈しました。
こういった独自の事情や価値観は、医師としての理論を振りかざすことなく患者さんに寄り添って話を聞いてみなければ分かりません。この方は、“病識のない患者さん”でも“聞き分けのない患者さん”でもなく、“素晴らしい人生観を持った患者さん”だったのです。
結局、その患者さんは最期まで医療用麻薬を使わず痛みに耐えながら亡くなっていきました。その生きざまに、ただただ尊敬の念を抱くしかありません。
地域が“寄りそ医”を育てる
地域医療に対する中村先生の思いと周囲が持つイメージとのギャップ
私は、福井県立病院で外科の後期研修を終えた後、再び名田庄地区に戻る道を選びました。しかし、先輩医師からは「田舎にこのまま埋もれるつもりか。ちゃんとした医者になれないぞ」と、将来について心配されたのです。これが、当時の地域医療に対するイメージだったのではないでしょうか。先輩方が言う“ちゃんとした医者”とは、細分化された専門分野を究めた医師のことです。“究めた医”とでも言えばよいでしょうか。一方、私が目指すのは、その対極にある地域の方たちに寄り添う“寄りそ医”でした。しかし、そのように将来を案じられると、本当にこの道を目指してよいのかと悩むこともありました。
“情けは人のためならず”の言葉の意味について身をもって学ぶ
悩みつつも名田庄地区で診療をしていた私は、デイサービスのボランティアの方たちと関わる中で、“情けは人のためならず”ということわざについて、身をもって理解することとなりました。
それは、まだ介護保険制度が始まる前、1991年10月のことでした。家で最期を迎えたいという地域の方たちの思いに応えるため“健康と福祉を考える会”を結成し、デイサービスを始めたところ、その噂を聞きつけた住民の方たちがデイサービスをお手伝いするボランティアグループを結成してくれたのです。ボランティアの立場で介護の仕組みづくりに携わってくれた方たちは、その10数年後、介護サービスを受ける側になっていました。ボランティアという利他的な行為が、巡り巡って利益として自分に戻ってきたのです。まさに、“情けは人のためならず”を実践して教えてくれたのがボランティアグループの方々でした。
画像提供:PIXTA
また、私自身も名田庄地区に根付く“お互いさま”の精神に支えられてきました。地域を支えるつもりが、私自身もいつの間にか支えられていたのです。地域医療の場は、医師としても人としても学ぶことの多い成長の場であり、埋もれる場ではありませんでした。何かの専門分野を究めたいという思いはいつしか地域に向けられ、「私の専門は名田庄という地域だ」と考えるようになりました。地域に寄り添う“寄りそ医”として奮闘するなかで、いつの間にか地域の方たちに支えられ“支えあ医”として成長することができたのです。
総合診療の魅力とは
総合診療は新しい分野のため、先が見えないと不安を感じる方もいるかもしれまんが、逆に新しいからこその楽しさもあります。始まったばかりの分野ですので、専攻医のうちから総合診療を牽引するような先生方と交流する機会を持つこともできるのです。
また、総合医とは、患者さんにもっとも寄り添うことができる存在だと思っています。ある患者さんは亡くなる直前、「家で最期を迎えられて、ええ人生やった。お前も中村先生にここで看取ってもらえよ」と、奥さんに伝えました。とても頑固な患者さんでしたが、私にとって最高のほめ言葉を最期に遺してくださいました。総合診療は患者さんにとって一番近い存在の医師を目指す方にはもってこいの領域だと考えています。