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慢性期医療における排尿障害と不必要な尿道カテーテル留置による問題

医療法人天真会 南高井病院 院長 西尾俊治先生

日常生活で重要な生理現象の1つである排尿。尿をためるための膀胱は加齢とともに変性し、徐々に広がりにくくなることが分かっています。QOL(生活の質)に関わる排尿ケアを適切に行うことは、慢性期医療においても非常に重要なテーマです。

「適切な排尿ケアは不必要な尿道カテーテルを抜くことから始まる」と西尾 俊治(にしお しゅんじ)先生(医療法人天真会 南高井病院 院長)はおっしゃいます。同院で2005年頃から適切な排尿ケアに取り組んできた西尾先生に、排尿障害や不必要な尿道カテーテルの留置による問題について、お話を伺いました。


慢性期医療の現場で起こりうる“排尿障害”とは

膀胱は平滑筋(排尿筋)という筋肉でつくられています。その内側に粘膜があり、粘膜には細い神経が木の枝のように通っています。

 

イラスト:PIXTA

 

膀胱は加齢や動脈硬化により変性し、徐々に広がりにくくなります。そのため高齢になると、たとえ健康な方であっても、夜間頻尿(夜間、排尿のために起きなければならない症状)や過活動膀胱(膀胱内にそれほど尿が溜まっていないのに排尿筋が収縮し、急に尿意と頻尿を引き起こす病気)、尿失禁(意図せず不意に尿が漏れてしまうこと)といった排尿障害を起こす頻度が上がります。

 

そこへさらに脳卒中や心不全などの病気、骨折、けがが起こった場合、排尿機能を司る神経系に影響を及ぼし、排尿障害が悪化することがあるのです。パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経難病を発症された場合は、病気の進行とともに排尿障害が悪化し、結果的に尿閉(まったく尿が出ない状態)を引き起こす可能性があります。また、長年糖尿病を患っている方の場合には、徐々に神経が障害され、尿意を感じにくくなることがあります。


排尿障害によって起こる問題

QOL(生活の質)や健康寿命への影響

頻尿の傾向があっても、昼間ならさほど問題にはなりません。ところが、夜間頻尿の場合には十分に眠れずストレスがたまったり不眠症になったりして、QOL(生活の質)低下につながる可能性があります。また、夜間頻尿によって認知症が悪化するという指摘もあります。さらに近年の研究で、排尿障害があると健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)が短くなることが分かってきました。

 

写真:PIXTA


日本における不必要な尿道カテーテル留置の問題

排尿を含めた“排泄ケア”は、介助の中でもかなり手間がかかります。患者さんによって排尿のパターンや排尿障害の原因が異なるため、ケースごとに適切な排尿ケアを検討する必要があるのです。ところが泌尿器科の分野は医師や看護師でも知らない部分が多く、これまで「排尿障害は治らないもの」と認識されてきました。

実際に日本は“尿道カテーテルジャングル”と呼ばれてしまうほど不必要な尿道カテーテルの留置が多く行われ、問題となっていたのです。もちろん大きな手術の後や人工呼吸器を使うケースなど、超急性期の段階では尿道カテーテルの留置が必要な場合もありますが、体の状態が回復すれば尿道カテーテルを抜去できる可能性が高いです。しかし今までは急性期から慢性期、在宅医療へと移行するなかで、尿道カテーテルを留置されている患者さんに対して抜去を積極的に進めるほどの知識やインセンティブがなく、不必要な尿道カテーテル留置が増加する要因となっていました。


不必要な尿道カテーテルの留置はなぜ問題か

継続的な留置に伴う“尿道損傷”や“尿道狭窄”の危険性

尿道カテーテルを継続的に留置すると、カテーテルの刺激などにより尿道損傷(尿道に傷がつき、尿道や皮膚に穴が開く)や尿道狭窄(尿道が狭くなる)が起こる可能性があります。尿道カテーテルをつけたまま入浴やリハビリテーション(以下、リハビリ)などを行うと、管や袋が引っかかり、尿道から多量に出血する危険性もあります。

 

スムーズな退院支援・連携に支障をきたすことも

尿道損傷や尿道狭窄が起きてしまった場合、カテーテルを交換する際に泌尿器科の専門的な知識が必要です。そのため、カテーテルを交換するたびに適切な医療機関に患者さんを運ぶ必要が生じます。さらに、退院して施設に移るときにも「専門的な処置が必要な方は入所不可」と断られてしまうなど、スムーズな退院支援・連携に支障をきたす可能性があります。

 

院内感染の原因になりうる

院内感染の多くは、尿路感染によるものです。尿道カテーテルを長期間(1か月以上)留置すると、緑膿菌などの多剤耐性菌(変異して多くの抗菌薬が効かなくなった細菌)が発生することが明らかになっています。多剤耐性菌による重篤な院内感染を防ぐためにも、不必要な尿道カテーテルを抜去することは重要です。

 

人間の尊厳を損なう“下半身の抑制(身体拘束)”である

不必要な尿道カテーテルの留置は“下半身の抑制(身体拘束)”とも言える行為です。尿道に管が入っていたら自由に動けず、何より、人間の尊厳が損なわれます。ナチス政権下の強制収容所では、囚人たちが集められて1人ずつ皆の目の前で排泄するよう強要され、自尊心を失い抵抗できなくなったところでガス室へ行くよう命じられたといいます。排泄という行為はそれほどに人間の尊厳に関わっているということです。


適切な排尿ケアに関する社会の動き

2016年の診療報酬改定では、排尿障害に対する包括的な排尿ケアを評価するという視点で“排尿自立指導料”が新設されました。これにより全国の病院で排尿ケア・排尿自立を進める動きが高まっています。


慢性期医療(病院)における排尿ケアの重要性

入院期間中、積極的にリハビリを行うことによって排尿機能の回復を図ることができます。特に慢性期病院では半年以上と長い期間入院することも多いため、排尿障害の原因や背景を分析して適切な排尿ケアを行い、可能な限りリハビリを実施することが非常に重要です。排尿自立(自分で排尿できること)は、すなわち“自宅に戻る”ことへの一歩です。

急性期から慢性期に移行してきた患者さんに対して、「まずは尿道カテーテルを抜いてみる」という発想を持ち、適切な排尿ケアに取り組んでいただけたらと思います。適切な排尿ケアのポイントや具体的な流れについては、次の記事でご説明します。

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